悋気







純さんが帰った後、結局俺たちは6人でぞろぞろと学園祭をまわることにした。

最初こそ緊張していた瑞貴と希一も時間がたつうちに少しずついつもの無邪気な表情に戻っていく。

こんな遠くまで会いに来るなんて。母さんは仕事で忙しい人だから、俺がこの学校に来たことで2人だけで過ごす時間も増えて、淋しい思いをさせていたのかもしれない。


「夏休み少しは帰ってくるよね?母さん心配してたよ。」

「もうちょっと連絡してあげなよ。いくら仕事が忙しいって言ったってメールくらいは返せるんだから。」

「なんかお前ら、ちょっと見ない間にそんなこと言うようになったの。」


何ヶ月か離れていただけなのに少し大人びた2人の姿に戸惑う。手がかからなくなるのは喜ばしいことなんだけど。

一般開放の終了まではまだ時間があるけれど、それなりに遊び終わった後、早めに校門まで見送った。暗くなる前に家に帰れるように。行きに2時間かかったのなら帰りだって同じ2時間だ。


「夏休みはちゃんと帰るから。母さんに伝えておいて。」

2人は揃って頷くと、駅へ向かって歩いて行った。


「すみませんでした、なんか遊んでもらっちゃって。」

「いいんだよ、俺もら楽しかったし。それにこんなちゃんと学園祭で遊んだのって今年が初めてかも。」

結局最後まで弟たちの面倒を見ることになってしまったことを謝ると、高遠さんが笑顔で答えてくれた。

こうしてみると2日間なんてあっという間だ。準備期間が長く感じた分だけなんだかあっけない。外部の学生たちも帰り始め看板の撤去を始めているクラスもある。俺たちもそれぞれのクラスに戻ることにした。

「片付け終わったら閉会式ですよね。」
「正直いらないよね、閉会式。」
「ないと締まらないから無理矢理やってるんだと思うよ。うち後夜祭ないし。」

楽しい時間が過ぎたあとは撤収作業が待っている。面倒な作業を想像しうんざりしながら校舎へ向かって歩き始めた、そのとき。



「縁!」


解体中の屋外ステージから支えを無くした木の柱が倒れてくるのが目に入る。咄嗟に少し前を歩いていた縁に向かって叫んだけれど、間に合わない。

ぶつかる…!と思った瞬間、俺の隣にいた勝威さんが大股で近づき咄嗟に縁を庇う体勢をとった。後ろから突然押された縁は地面に倒れこむ。


「……って。」


大きな音を立てて柱が地面に打ち付けられた。直撃は避けられたけれど腕をかすったらしく、勝威さんの右腕からは少し血が滲んでいる。


「おい、立てるか。」
「……足、捻ったかもしれない。」


受身を取れず妙な体勢で倒れたせいかもしれない。勝威さんが差し出した手をとって縁は立ち上がるけれど、痛みからか左足に体重をかけるのは無理な様子だった。


「……めんどくせぇな。」
「え?ちょっと!!」


歩けそうに無い縁を勝威さんは抱き上げ、肩の上に担ぎ上げたまま保健室のある方向へ歩き出した。突然持ち上げられた縁は勝威さんにしがみつきながら動揺した表情を浮かべている。


「鷹臣くん、俺らも行こ。」
「あ…はい。」


高遠さんに声をかけられて俺たちも勝威さんと縁の後に続いた。

保健室には先生も誰もいなかった。鍵は開いていたから少し離れているだけかもしれない。勝威さんは縁を肩から下ろしベッドの上に座らせた。


「後は俺やるから、勝威たちはクラス戻っていいよ。」


高遠さんはそう言いながら勝手に棚の中を漁っている。残っていてもできることはないし、言われたとおり2人揃って保健室を出た。なんだかよくわからないうちに、沢山のことが起こったような気がしている。


「……びっくりした。」
「ありえねぇよな。ステージ解体してるのって一応専門の業者だろ。」
「うん。それもだけど。」


あの一瞬のうちに勝威さんが縁を庇ったこと。
縁を抱き上げて保健室へ連れて行ったことも。

「勝威さんだって怪我してるんだから、高遠さんに運んでもらえばよかったのに。」
「たいした怪我じゃないかったから。」
「手当てしなくていいの。」
「ああ、俺はいいよ。」

1年生と3年生の教室は別方向なので、勝威さんとは保健室前で別れた。

クラスへ向かう途中、撤収作業で騒がしい廊下を歩いていても周囲の音があまり耳に届かない。先ほどの光景がなぜか何度も頭に浮かんでは消えた。

特別なことじゃない。
縁が怪我をしそうになってそれを勝威さんが助けた。


それだけのことだ。それ以上も以下も無い。


ただ心底ぞっとしていた。それは自分自身に。


俺はあの瞬間、縁に嫉妬したんだ。



「鷹臣?」

声をかけられてハっとした。ぼんやりと淀んだ視界から現実に引き戻される。振り返ると洋介が立っていた。

「鷹臣も教室戻るところ?」
「ああ、うん。そろそろ一般開放終わりだし。」


片付けめんどくさいなって、いつもと同じ顔を作って洋介と話しながら教室へ向かう。


閉会式が終わった後に携帯を見ると勝威さんからメールが届いていた。部屋に来るかという誘いを、疲れているという理由をつけて断り真っ直ぐに自室へ戻る。


きっと俺は勝威さんのことが好き過ぎるんだ。一緒に過ごす時間が増えるごとに制御できない想いは強くなっていく。だからこんな、縁にさえ嫉妬するようなどうしようもない感情が生まれる。


少し頭を冷やしたかった。


熱に浮かされて、大事なものを失くしてしまわないように。


縁とまたいつものように笑って話すことができれば元通りだ。


だってそれが、俺たちの日常なんだから。






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