巡るもの、そして。
「縁と勝威さんて他にも兄弟いるの!?」
「あれ?言ってなかったっけ。」
なんてことない顔で縁が答える。正直驚いていた。勝手に2人兄弟だと思い込んでいた俺も悪いけど、今まで一度も話題に上がらなかったから。
「聞いてないよ。上?下?お兄さんとか?」
「ううん。姉……のようなもの、かな。僕の9個上だから今年26歳。」
「まぁそうだよね。純ちゃんはなんか"姉"っていう一言ではおさまりきらないかもね。」
「高遠さんは会ったことあるんですか?」
「2年連続で学園祭に来てるから鷹臣君も今年会えるんじゃない?純ちゃん面白いよ、いろんな意味で。」
「お姉さんかぁ、それはちょっと見てみたいかも…。」
「会いたくなくてもすぐ見つけちゃうと思う。姉さんは目立つ人だから。」
縁と勝威さんのお姉さんだし、多分だけど凄い美人なんだろうな。
面白い人ってどんな人なんだろう。
「そうだ、学園祭と言えば鷹臣くんにお願いしたいことがあるんだけど。鷹臣くんからあれ、勝威に渡しておいてもらえない?」
そう言って高遠さんはソファの上に置いてある袋を指差す。知らないブランド名だけど、どうやらショップバックのようだった。
「いいですけど、高遠さんが明日教室であったときに渡したほうが早いんじゃないんですか?」
「いやー、俺から頼んでも全然だめでさ。鷹臣くんのお願いだったら聞いてくれるかなぁと思って。」
「お願い?ってなんですかこれ。」
袋を開けて見てみると、中身は黒いワンピース。
「うちのクラスさぁ、準備面倒くさいから3年連続同じ出し物やるんだよ。クラス替えないのってこういうとき楽だよねー。去年も女装喫茶で、勝威はずっと客寄せで普通にギャルソンの格好させてたんだけど今年は最後だし全員漏れなく女装しようよって話になって。なのにすっごい拒否るんだもん。」
「ええー…、俺もあんまり見たくないんですけど。縁だってなんか嫌じゃない?」
「僕?僕はどうでもいいかな。兄貴のも高遠のも。」
うわ、心底興味なさそう。
「大丈夫だよ!変な仕上がりにはしないし絶対美人にするから!それに新鮮でしょ。勝威が恥ずかしがってるとこなんてあんまり見れないし。」
ああ、うん。言われてみれば、そうかも。それはちょっと見てみたい。ちょっとっていうか、ものすごく気になる。
「…渡すだけ渡してみますけど。期待しないでくださいよ?」
「よかった〜。鷹臣くんなら引き受けてくれると思ってた。じゃあよろしくね!」
次の日の放課後。
学園祭準備を終えてからショップバックを抱えて勝威さんの部屋を訪ねると、ドアを開けた瞬間、勝威さんは俺の胸元の袋を見つけ眉間に皺を寄せた。
「それ、高遠から預かってきたんだろ。」
「……うん。」
「やらねぇからな俺は。」
そっか。やっぱ駄目か。そう言うとは思ってたけど。
「…でも意外と似合うかもしれないよ?」
「似合うわけねぇだろそんなの。」
「高遠さんも変な風にはしないって言ってたけど。」
「お前な、簡単に高遠に丸め込まれてんじゃねぇよ。」
「だって。俺もちょっと見てみたかったんだもん。」
「鷹臣。」
「……はい?」
「おすわり。」
「え?え!?うわっ!」
肩を掴まれ体重をかけられるとその重みでバランスを崩し、勢いよく床に尻餅をついた。
玄関のドアに寄りかかって上を向くと、無表情のままの勝威さんが俺のことを見下ろしながら自分のベルトを緩めている。
「……あの、勝威さん何するんですか?」
「おい敬語。」
「へ?……あ。」
「敬語使ったらペナルティだって言ったろ。」
「ペナルティって、完全に後付けじゃんか…!」
「いっつも俺がやってるようにやればいいから。」
「何をする気か」なんて、本当はそんなの大体予想はついていた。それでも突き出された勝威さん自身をを目の前にして戸惑いを隠せない。できなくはない、と思うけど。どうしたんだろう。今日はやたらと性急だ。
「唾液、ためて。」
勝威さんの手が俺の前髪をかき上げた。言われたとおり口内で唾液を作りながら、おそるおそる先端に唇をつける。
何度も身体を重ねてきたけどフェラはまだしたことがない。溜めた唾液をこぼさないように咥えこむと、口の中で少しずつ固さを増していくのを感じた。
「ん…、ふぁっ…。」
1枚隔てたドアの向こうでは学生が通り過ぎる足音が聞こえている。日常と非日常が入り混じったような妙な空間に、いろんな感覚が麻痺しそうだ。
「ん…っ!」
「お前、勃つの早くなったな。」
勝威さんの素足が俺の下半身に触れた。ゆっくりとかすかな刺激ではあるけれど、布を通しても指の感触が伝わってどんどん下半身に熱が集まっていく。
いつも勝威さんにされてたように…って。されているときだっていっぱいいっぱいで"気持ちいい"ってことしか覚えてない。
舌…かな。舌でいつもどうされてたっけ。
快感に耐えながら、必死に今までの行為を思い返していた、そのとき。
「勝威ー?いるー?」
ドアをノックする音が響き渡り一瞬で現実に引き戻された。
心臓が跳ね上がる。
ドアの向こうで俺たちが今何をしているかなんてわかるわけないのに、緊張からか咥え込んだままの状態で身体が固まってしまう。
「高遠か……」
勝威さんが小さく舌打ちをして不機嫌そうに呟いた。
……どうする気だろ。口、離したほうがいいのかな。
おそるおそる上を見上げると、目が合った瞬間勝威さんがにやりと笑った。
あ、やばい。嫌な予感。
「んんっ!」
股間に置かれたままだった勝威さんの足に力がこもる。
「…はぁ…っ」
唇の隙間から吐息が漏れた。声は堪えた。何も聞こえてないはず。そこまでこの学生寮のドアは薄くないと思いたい。
「高遠、わるい。今出るの無理だわ。」
えええ!?俺せっかく声我慢してたのに!ドアの前にいるのにそんな変な言い方したら勘のいい高遠さんだし、何かしら察すると思うんだけど…!
「あぁ…ー。うん。じゃあ借りてたノート、ドアのとこにかけとくね。」
外のドアノブに袋をかける音がした。高遠さんの声色はいつもと変わらないけど……
「じゃあ鷹臣くん、またね。」
ほらバレた。
そりゃそうだよ高遠さんだもん。気まずい。もうやだ。気まずくて死にたい。
「鷹臣。口動いてないけど。」
立ち去っていく足音を聞きながら途方に暮れている暇は無かった。動いてないんじゃないよ。動かせなかったんだよ。
「歯、立てるなよ。」
「んんっ!」
勝威さんの腰がゆっくりと動き出す。あまり奥まで突かないようにしてくれているけど、それでもやっぱり少し苦しい。
「……もうちょっとだから、できそうだったら吸って。」
言われたとおり前歯があたらないように気をつけながら吸い付くと、それを合図にして勝威さんの動きが早くなる。
「ん…んっ!ふぁ…っ!」
しばらくすると、ドクン、と一瞬震えた後、精液が吐き出された。俺が口の中のそれを飲み込むのを見届けると、勝威さんは満足そうな笑みで俺の頭を撫でた。
結局いつもしてもらってばかりだ。経験や知識が圧倒的に少ないから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。最後に勝威さんが達するまで、殆ど俺からは何もできなかった。
気持ちよくさせることもできなくて、求められてもちゃんと答えられない。本当に俺、なんとかしないと愛想つかされちゃうかもしれない。
「口ゆすいでくれば。」
「……それは大丈夫。」
口の中には苦い、生臭いような独特の味が広がっている。それでも勝威さんのだと思うと不快には感じない。
「勝威さん。俺そんなに昔飼ってた犬に似てる?」
「なんだよ急に。あぁ、…まあ似てるっちゃ似てるかな。」
「寝惚けてて覚えてないの?自分でブライアンの話してたじゃん。節々に感じるんだもん、なんかそういう扱いされてるような感じが。俺のこと好きなのってその犬に似てるからなのかなぁって…。」
「あのさ。もしそうだとしたら俺ただの変態じゃね?」
うん。まったくもってその通りだ。何言ってるんだろ俺。馬鹿みたいだな。
「お前、また余計なこと考えてるだろ。」
「ごめん。なんでもない。ほんとにただちょっと気になっただけだから。」
嘘をつくのが下手だっていうのは自覚している。"ちょっと気になった"程度じゃないことくらいすぐに表情で悟られてしまう。俺の言葉を聞いて、勝威さんは少し考え込むような動作をする。
「好きになった理由なんていろいろあるけど。最初に会ったときから気にはなったよ。」
「最初って…、ほんとに一番最初にご飯食べにきたとき?」
「ああ。高遠が一緒にいたとはいえ、縁が初対面の奴になつくのなんて珍しかったし。人見知りだろ、あいつ。」
「……そう、なんだ。」
俺のしょうもない不安に気づいて真面目に答えてくれたのは嬉しかった。だけど、それはなんとなく期待していたような答えとは違っていた。
大事なのは今どう想われているかであって、きっかけなんて些細なものだ。
結局こんなの自分自身の価値を無理矢理見出そうとしているだけだった。意味なんかない。勝威さんと恋人同士になって一歩前に進めたからといって、俺は根本的な部分で何ひとつ変わっていないんだ。
頭では理解していても少しだけ心がざわつく。
俺は一体、どんな答えだったら満足していたのかな。
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