それから






「………いたい。」


後ろが痛い。どの体勢で寝ても痛い。体を動かすのもつらくてシャワーを浴びに行くのも諦めた。結局勝威さんが身体だけ拭いてくれた。

壁の時計を見るとまだ22時を過ぎた頃。寝るにはまだ少し早いけれど、今日一日でいろんなことが起こりすぎて心身ともに消耗していた。目を瞑ればすぐに眠りに落ちることができると思う。

「俺と会ってないとき自分で慣らしておけよ。ヤるときにその都度痛かったらきついだろ。」

一人だけシャワーを浴びた勝威さんが戻ってきて俺の隣に横になる。部屋の電気を消して、灯りは枕もとの間接照明だけになった。


「慣らすって…、俺縁と同室なんですよ。できるわけないじゃないですか…。」
「うちの弟だったら気にしないんじゃねぇの。」
「全然そういう問題じゃないです。」

最悪縁ならほんとに気にしないような気がして怖い。

「そういえばお前さ、敬語やめてみれば。」
「え?」
「ただでさえ遠慮がちなんだから、話し方変えれば少しはマシになるかもしれねぇだろ。」
「そんな急に言われても…。」

勝威さんにタメ口なんて、縁に対して敬語をやめるとき以上に難しい。

「いいから、ほら。」

えーっと…。でもここで言わなきゃ後々切り替える方が絶対大変だ。

「しょ、うい………?」

相当頑張って、思い切って名前を呼んだ。なんだろう。ものすごく恥ずかしい。照れくささに俯いていたけど、返事がないことに不安を感じ顔を上げる。

………あ。

「笑った……!」
「は?」
「笑った、今、初めて見た……!!」
「いや笑ってるだろ普通に。今までも。」
「違う、なんかそういうんじゃなくて、なんにも含んでないっていうか淀みないっていうか……!」
「…お前俺のことなんだと思ってんの?」

正直縁の笑顔以上にレアな気がする。もっとちゃんと見ておけばよかった。

「あー、なんか疲れた。もう寝る?」
「そうですね…ちょっと早いですけど。俺も大分眠いし…」
「戻ってる戻ってる。お前今度敬語使ったらペナルティな。」

あ、だめだ。意識しないと戻っちゃうな。まだかなり違和感が残る。語尾に気をつけるのと…あと名前。勝威、勝威、勝威…ものすごく呼びにくい。

「………ペナルティって、なに。」
「考えとく。」

それだけ言うと枕もとの照明を消してから俺の方へ向き直った。正面から抱き寄せられて胸に顔を埋めると、初めて一緒に寝たときのことを思い出す。

もう少し話していたい気持ちもあるけど、きっとすぐにまた寝ちゃうんだろうな。

「鷹臣がいるとよく眠れる。」

俺の頭に顔を埋めたまま呟いた。それは、喜んでいいのかな。

「………ブライアンに似てる。」
「え?なにそれ、外国人?誰?」
「……昔飼ってた犬。」


犬かよ。

あ、だめだもう寝てる。相変わらず早いな。犬か…そっか。犬……。いいけどさ、別に。


「……おやすみ。」


もうとっくに聞いてないと思うけど、なんとなく言っておきたかった。

心地いい寝息を聞きながら、ぼんやりとした意識の中、明日のことを考えていた。明日と、明後日と、そしてこれからのことを。


隣にこの人がいる日々のことを。


明日が待てないような、けれど今この瞬間がずっと続いてほしいような。眠りの波が押し寄せるまでの、それはとてもとても幸福な時間だった。




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