あの人の情念
部屋について鍵を開ける。
ドアをあけて部屋に入る。
ひとつひとつの動作が終わるたびに、緊張が高まっていく。
当たり前だけど、部屋の中は真っ暗だった。勝威さんは電気を点けないまま部屋の奥へと進んでいく。暗闇の中、家具の輪郭だけは窓から漏れる灯りで把握できた。
「勝威さん、あの、」
「縁に連絡しておけよ。」
そうだった。2人とも心配しているかもしれない。頭がいっぱいで気がつかなかった。
………で、なんて送ろう。
一言だけ『明日の朝に帰るね。』って送ると、すぐに『わかった』って、一言だけ返ってきた。明日、すっごい聞かれそうだなぁ…。
「鷹臣制服。」
「え?」
「上着、かせよ。」
「あ…、ありがとうございます。」
学ランの上着を脱いで勝威さんに渡すと、皺にならないように律儀にハンガーにかけてくれた。こういうとこきちんとしてるなぁって思う。
「他も。」
…………ん?
「ほか…?」
「だから、全部だって。」
「え?あっ!!」
次の瞬間真後ろにあったベッドに押し倒された。俺の上に覆いかぶさりながら、勝威さんも自分のシャツのボタンを片手で外していく。
え、うわ、ちょっと待って。はやい、展開が早い。別に脱がせてほしいなんて女の子みたいなこと言わないけど、そんな淡々と言われると逆に恥ずかしいんですけど。
俺がうろたえている間に勝威さんはすでに上半身裸になって脱いだシャツをベッド脇に落とした。
目が少し暗闇に慣れてきているせいで、直視できない。
「鷹臣。」
仰向けで促されるまま、首元のボタンに手をかけてひとつずつ外していく。真ん中くらいまで進んだときに、首元に勝威さんの唇が触れた。
「…っん…」
首筋から耳の後ろまで、一筋で舐めとられると全身が総毛だった。ボタンを外している間ずっと首筋や耳への刺激は続く。ようやく前を全て外し終えると、勝威さんの唇の位置が胸元へ移動した。
「鷹臣、下も。」
「…………はい。…う、あっ…」
自分のベルトに手をかけたとき、胸に痺れるような感覚が走る。突起を舌で弄られる快感に耐えながらベルトを外しズボンのファスナーを下ろしたところで、勝威さんによって一気に下着ごと脱がされた。
その後、少し身を乗り出してベッド脇に置いてあった棚の引き出しから何かのボトルを取り出した。中身がなんであるかは大体想像はつく。
「痛かったら言えよ。」
そう言うと身体を起こされて反転させられる。前をはだけた状態で羽織っていたシャツも同時に剥がされて、ベッドに突っ伏したまま腰を掴まれて、突き出すような格好が正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「ん…っ、」
ローションに濡れて少し冷たい勝威さんの指が後ろに触れる。中へは入らず入り口をほぐすように表面を撫でるたびにぐちゅぐちゅと音が鳴って羞恥に顔が熱くなった。
ふいに、背中に覆いかぶさる肌の温もりを感じた。背中を一直線に舐められるのと同時に指の先が中へ侵入を始める。
「う…あ、っ、はぁ…っ」
異物感。屋上のときよりはまだマシだけど、それでもやっぱり痛いものは痛い。奥へは進まずに、指の第一関節までで入り口周辺を開いていく。ちょっとずつローションを足される度に、生温い液体が腿を伝っていくのが少しむず痒い。
「あ、あ…っ、ん…」
「…抜かれるのがいいか?」
中で細かく動いていた指が抜かれる瞬間背中にぞくぞくしたものが走った。俺の反応を見て、勝威さんはそこから何度も浅い位置で抜き差しを繰り返す。
「……勃ってきたな。」
「あっ!あ、あ、…!」
後ろに指が入ったま前を握り込まれる。ローションでぐちゃぐちゃの手で触られると、今までにないくらいの射精感に身震いした。
「んん…っ!つ…ぅ、あ、あああ…!」
自身の方に意識が向いていたところに先の部分だけ入れられていた指が一気に根元まで入ってきた。痛みを堪えて思いっきり目を瞑ると、勝威さんが心配そうに耳元に唇を近づけ尋ねる。
「痛いか?」
「…っ、大丈夫です…」
「そうじゃなくて、痛いか痛くないか言えよ。」
「……いたい、ですけど…っ、」
「一回抜くか?」
「……やだっ、」
痛みはある。けど、それだけじゃない。痛みの向こう側から確かに快感が押し寄せてきているのを感じていた。
「いたいけど、きもちいいい、から…、だから、抜かないで……」
俺の言葉を合図に、勝威さんの指がゆっくり内壁を擦り始めた。だけど快感の芽はまだ小さく、関節が少し折れるたびに痺れるような痛みが勝る。
まだ一本しか入っていないのに、本当に今日最後まで出来るのかな。
変化のない自分の身体に不安に感じ始めたそのとき、
「……あっ!あ、あ、やああんっ!」
咄嗟に出た女の子みたいな自分の声に驚いた。今までと全然違う、全身に電気のような快感が走った。
なにこれ、なに、え?待って。そこは。
「ぅあ、あ、そこ、だめ、しょういさん、いっかいとめ…て!」
「大丈夫だから。」
「だってなんか、あ、や、ああ…っ!あ、ああ…っ!」
やばいやばいやばい。
待って、ほんとにだめだって。
快感に耐えるように両手でシーツを思いっきり握ってベッドに顔を押し付けると微かに勝威さんの匂いがして、それがさらに興奮を煽り立てる。
「……お前でもそんなエロい腰の動きできるんだな。」
「そん、なの…っ、してない…!」
「自覚ないんだ。これなら大丈夫だな、指増やすぞ。」
「え!?あ、あぁっ!」
中指に加えて人差し指。2本の指で入り口を開かされて、わずかに中へ冷たい空気が入り込んだ。
どんどん広げられてほぐされていく。この後に入るものを受ける入れるために。2本でも感じるようになって、次は3本。
気持ちいい部分を探られるたびに、なんかもう、いろんなことがどうでもよくなっていくみたいだった。
「…っあ、あああっ…!」
しばらくすると勝威さんの指が全て一気に抜かれた。また再度、身体を起こされ仰向けに寝かせられる。
見上げると勝威さんがベルトを外して下着をずらし、自分のものを取り出しているところだった。
ピリ、と小さくビニールを破る音。ゴムつけてるんだ。……いよいよなんだ。
正上位で上から覆いかぶさって、コンドームの上からも多めにローションをかけた勝威さんのものが後ろにあてがわれた。
「ちょっと我慢しろよ。」
小さく頷くと、ゆっくり、入り口をひろげながら少しずつ、中へ入ってくる。
「う、あ、あああ…っ!」
今までの指なんかと比べ物にならないくらいの痛さだった。痛みに耐えて勝威さんの背中に手をまわしてしがみつく。
「…っ、きっつ…、鷹臣、息吐いて。」
そんなこと言ったって。どうしよう、ほんとにやばいかもしれない。閉じた目の内側が点滅する。今どこまで入ってるんだろう。内壁がジンジンしてもうそれすらわからない。
「もう少しだから、頑張れよ。」
もう少し。もう少し。呟かれた言葉をただただ頭の中で反芻する。
「…はぁ、…入った。平気か?」
「あ…、しょういさん…っ」
ものすごく苦しい。息をするのも躊躇する程。でも、後ろを圧迫してるのが勝威さんのだって思うだけで表現する言葉が見つからないくらい満たされた気持ちになっていた。
「…しばらく動かないから。一回落ち着け。」
そのまま本当に動かず、ただずっと抱きしめられていた。
暗闇の中、部屋の天井をぼんやりと見つめる。勝威さんの部屋にいるんだな、って。今更当たり前のことを思う。
2人分の心臓の音と、熱と、痛みと、汗が。この静かな部屋の中に、息を潜めて存在している。
「……鷹臣は、本当に俺でいいの。」
突然の問い。戸惑って返事に詰まる。だって俺の気持ちはさっき全部伝えていたから。
「まぁ入れる前に聞けよって話かもしれねぇけど。」
「いや、それは、もう…入っちゃってますし…。」
俺が勝威さんを拒否するわけないのに。
「お前はさっき他の奴ともうヤるなって言ってたけどさ。」
言った。だって嫌だったから。好きだから、独占したかった。
「それはさ、もう言われる前からそうなってたんだよ。この前、屋上で会ったときにはもう。」
「……どういう意味ですか。」
「あのときにはもう全部切れてた。濱谷とも。お前は真面目だからそういうの嫌がるだろうなと思って。なのに急に、他の奴と関係してるの『わかってても好き』とか言い出すからさ。」
鼓動が早くなる。心臓が痛いくらいに。
「お前まで、"他の人がいてもいいから"なんて言うのかと思った。」
勝威さんは声色ひとつ変えずそう言った。本当に、なんてことないことのように。
隙間もないくらい抱きしめあっているから、どんな顔をしているかはわからない。
でも俺はそのとき初めて勝威さんの胸の内を覗いた気がした。あのとき尋ねられた言葉の意味と一緒に。
「鷹臣、好きだよ。」
耳元で囁かれる低い声が好きだと思う。男の声でこんなにドキドキするようになるなんて
少し前の自分では考えられなかった。
「…あっ!」
「……そろそろ動くからな。」
ようやく始まった律動。ゆっくりだけど、やっぱりきつくて苦しい。
「力抜いて。抜けないかもしれないけど抜けるだけ抜いて。あと気持ちいいところ見つかったらすぐ言って。」
「あ、…そんないっぱい言われても、はぁ…っ、ああ!」
「鷹臣、ここ?」
「ん…、あ、あ、はぁ…っ」
さっき指で弄られて一番気持ちよかった場所を集中的に責められると、痛みの中からまた快感が舞い戻ってきた。ぞくぞくする。もうちょっと、激しくされてもいいと思えるくらい。
「しょうい、さん…っそこ、気持ちいい、痛くないから、もっと動いて大丈夫だから…っ」
抑えないで、俺だけじゃなく一緒に気持ち良くなって欲しい。ちょっとくらい痛いのは我慢する。
「……たかおみ。」
唇が重なった。
なぜだかわからないけど涙が出てきた。
なんの涙だろう。
胸がいっぱいで、もうなにもわからない。
勝威さんの腰の動きが早くなる。
頭が真っ白になって、そこからのことはあまり覚えていない。
ただずっと、腕の中で勝威さんの名前を呼び続けていた。
何度も何度も。
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