しがみつく日々を選んだ






「そうだ、携帯!」


なんで今まで気づかなかったんだろ。勝威さんを探すなら携帯に連絡をしてみれば良かったんだ。電話番号は知らないけど、メールを送れば返ってくるかも。

急いで携帯をポケットから取り出す。


え。うわぁ。

なんかすっごいメールきてるんですけど。


勝威さんから届いた20件程のメール。
……送りすぎだよ!

マナーモードにしてたし濱谷と話していたせいもあって全然気がつかなかった。

あ、合間に高遠さんからもきてる。

『勝威がなんかさまよって一瞬だけ部屋に来たwwww電話番号くらい交換してなよねwwww』って、笑いすぎだよ。ていうかそのとき俺の番号教えてあげてよ。


『裏庭にいます』って送るとすぐに『そこにいろ』って返事。大人しくベンチに座って待っていると、程なくして少し息を切らせた勝威さんが現れて俺の横に腰を下ろした。いつもマイペースな人だからそんな様子が少し新鮮だった。


「…なんでここなんだよ。つーかもっと早くメール返せよ。」
「すいません、全然気がつかなくて…。」
「濱谷もここにいなかった?」
「え?」
「さっきまでここで濱谷と話してたんだよ。」


……そうだったんだ。俺が来る前か。何話してたんだろう。


「少し、話しました。」
「大丈夫だったか。あいつお前に妙な真似してたんだろ。」
「いえ、別に俺は。」
「悪かったな。許してやってとは言わないけど。あいつもあいつなりに反省してるみたいだったから。」


………勝威さんが、濱谷をかばった。


「どうして勝威さんが謝るんですか。それじゃあいつがやったこと肯定してるみたいじゃないですか。」


胸がざわつく。自分がされたことなんか本当はもうどうでもいいはずなのに。単なる些細な嫉妬から出た言葉だった。


「あいつも悪いけど、今回に関して言えば俺の配慮も足りなかったんだよ。」
「……配慮?」


5月にしては冷たい風が吹いている。陽は少しずつ沈み始めていて、もうすぐ夜がやってくる。中庭には外灯がない。あと少したてば真っ暗になってしまうだろう。


「鷹臣、顔見せて。」


ふいに勝威さんの両手が頬に触れた。キスされるのかと思ったけど、そのまま俺の前髪をかき上げて本当にただじっと、まっすぐ俺の表情を見つめていた。


「勝威さんは、」

「……ん?」

「勝威さんは今も、濱谷とか、俺以外の人とも関係してますよね。」


あの中庭の一件以降、怖くてずっと触れずに来た。暗黙の了解のようにやり過ごしてきたこと。


「……そうだな。」


とっくに知っていたことなのに、勝威さんの口から聞くのとじゃ全然違う。胸の真ん中に釘を刺されたように痛かった。


「それがわかってても、俺は、勝威さんのことが好きです。」


伝えるつもりもなかった感情が、自然と言葉になっていた。どうしてだかわからないけれど、今、この瞬間に言わなきゃだめだと思ったんだ。

だけど、俺の言葉を聞いても勝威さんの表情はなにも変わらなかった。まるで俺の告白なんかなんでもないことのように。


「………お前はさ、」


頬に添えていた手を離して、抑揚のない声で尋ねる。


「俺がこの先も他の奴と会って、それでもお前は俺のこと好きだって言えるの。」


突きつけられた言葉で、頭を殴られたみたいな衝撃だった。指先が冷たいのは強くなった風のせいだけじゃないと思う。


ここで今俺が『それでもいい』って返事をすれば、これからもこんな風に触れ合うことを許されるんだろうか。


残り少ないあと1年間を一緒に過ごす時間を得られるのなら、自分の気持ちを押し殺して形だけの幸せを選ぶべきなのかもしれない。少なくとも、拒否される恐怖を抱くよりは。



「………いやだ。」



なのに、口をついて出たのは思考とはまったく逆の言葉で。



「2度と他の奴に触ってほしくない、触らせたくない。勝威さんがよくても俺がいやだ…。」



抑えきれない感情が、遂に溢れ出した。


手に入れたい。
失いたくない。


一緒にいられるだけでいいなんて、強がりでも言えない。


そばにいるだけじゃ全然足りない。


愛されたい。その感情の中で抱きしめられたい。



「俺のことだけ見て。」



自分勝手で独占欲丸出しで、顔を覆いたくなるような恥ずかしいドロドロの感情。いつも自分の中で打ち消してきた、何度も何度も殺した言葉。本当はずっと存在してたんだ。俺の中で確かに。


陽はもうとっくに沈んでいる。暗闇の中、月の光と遠くの校舎から届くほんの少しの灯りだけでしか互いの姿を確認できない。


勝威さんがどんな顔をしているのか、確かめるが怖い。



「お前はわがままだな。」



勝威さんの指が、ぼろぼろ流れ続ける俺の涙を拭った。



「………そんなの、初めて言われたかもしれない。」



指の後に勝威さんの唇が触れた。瞼に、額に、最後は俺の唇に。少しだけ触れて、すぐに離れた。



「お前がそうしてほしいなら、お前の言うとおりにしてやるよ。」



今度は深く。

何度も何度も角度を変えて。



勝威さんの両手が俺の髪を強く掴む。背中に手を回すと、制服のシャツを通して勝威さんの体温が伝わってきた。

いつもより激しく絡まる舌の動きが余裕のなさをあらわしているみたいで。求められている感覚に、意識が飛びそうなくらい興奮していた。


「ちょっと、今日はもう無理かも。」

「……え?」

「抑えるの無理って言ってんの。」


次の瞬間勢いよく押し倒される。冷たいベンチの感触が背中に伝わった。キスは続けながら、勝威さんの手が俺のベルトにかかる。

「勝威さん、時間が……」

中庭に設置された柱時計が視界に入る。寮の施錠時間はもう20分後に迫っていた。


「……最後まではしねぇよ。」


下着の中に入る手。それと、勝威さんが自分のベルトを外している音。耳たぶに刺激が走る。穴の中まで舌を差し込まれて湿った音がダイレクトに響く。

「ん…は、ぁ…っ、」

外なのに。真っ暗だし、こんな時間だし、誰も通らないとは思うけど、それでもこんな中庭のベンチで。

「……あっ…!」

下半身に指とは違うものが触れる。…勝威さんのだ。

「ん…っ!は、ぁ…」

2本まとめて握りこまれて上下に扱かれる。そういえば俺がいつもされるばっかりで、勝威さんがイったところって一回も見た事がない。

擦れ合う感触、徐々に硬さを増していくそれに、勝威さんも気持ちよくなってるんだっていうのがわかる。嬉しかった。嬉しくてそれにつられて俺もどんどん感じてくる。


「……はぁ、やばいな、時間…」


ここからだと寮まで帰る時間を考えたらそろそろまずいかもしれない。


「……そろそろイくぞ。」

「……んっ!あ、あ、しょういさん…っ!やだ…っ」


強く握りこんだ勝威さんの手を咄嗟に抑えてしまった。


「……あの、あと、もう少し……」


あと1分、あと、何秒でもいいから。まだやめたくない。このまましてたい。すごい恥ずかしいこと言ってるっていうのは自覚してる。そんな俺を見て、勝威さんはふっと、少しだけ笑った。


「………あとで続きしてやるから。」

「あ、ああっ、や、あぁ…っ!!」


結局その後激しく扱かれてすぐ達してしまった。少し遅れて勝威さんも。勝威さんは手の中に受けた2人分の精液を後から洗えばいいか、って言いながらシャツの裾で拭いていた。

「鷹臣、走るぞ。」

時計を見ると施錠まであと数分しか残ってない。やばい。締め出されたらどうなるんだろ。朝まで野宿になるのかな。

「……あ、はい!」

俺が返事するより早くもう走り出していた勝威さんの後を追って、俺も寮へ向かって駆け出す。

え、これ。3年生寮のほうに行っていいんだよな?

寮の門をくぐり、自分の部屋がある下級生寮との分かれ道で一瞬立ち止まると、振り返った勝威さんに手を掴まれてそのまま3年生寮に駆け込んだ。

……間に合った。正直かなり危なかった。

入れ違いに寮の管理人さんが事務所から出てきて施錠を始める。


「…お前、迷ってんじゃねぇよ。」

そう呟くと勝威さんはスタスタと自室へ向かって歩き始めた。

いや、迷ったっていうか、そりゃ、俺もこっちって思ってたけどさ。


前を歩く背中を見つめながら、自分の今いる状況を改めて確認する。今になって足元がフワフワして、立っている実感すら危うい。



与えられた権利。満たされていく気持ちと、これからのこと。



ドアの前に辿り着くまで、何度も何度も、勝威さんから言われた言葉を胸の中で繰り返していた。

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