敢然






裏庭に向かった俺の予想は、半分外れて半分当たっていた。以前は勝威さんが座っていたあの場所に座っていたのは、


濱谷ただ一人だった。


足音で俺の存在に気づいた濱谷はゆっくり振り返る。一緒にいた3年生の姿は見えない。俺を視界に捕えると不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「なんでお前がここにいるんだよ。」
「あ、いや俺は…。」
「野崎のことでも探しにきた?」


野崎。縁のことじゃ…ないよな。


「まぁいいや。ちょうど良かった。元々最初から話そうと思ってたんだし。」

「………え?」


あの雰囲気からして、"話がある"なんてただの連れ出す口実かと思っていた。本当に何かを話そうとしてたのか。

「一回どんな奴か見てみたかったんだよ、お前が。なに?連れ出されてリンチでも受けると思ってた?」

「……ごめん。」

勝手な勘違いに対して俺が謝った瞬間、濱谷は突然立ち上がり早足で俺の方に向かってきた。

「……はあ?なに謝ってんの?!さっきまで俺に対してあんなに切れてたくせに、わかってるんだろ?嫌がらせも全部俺がやってたって。お前みたいな奴ほんと嫌いなんだよ!!」

「俺だってお前みたいな奴嫌いだけど、でも…!」

「うるせぇんだよ黙れよ。」


次の瞬間、凍りつくような目をして俺の首元に手をかけた。力は入っていない、締め付けられているわけじゃないのに苦しかった。


「なんでお前が。」


怒りの表情なのに、涙は流れていないのに、俺にはなぜか泣いているように思えた。



「お前さえいなければ……っ。」



そのとき、唐突に理解した。


濱谷と俺が同じなんかじゃないってことを。


勝威さんと過ごした時間の長さも、想いの強さも。あの時吐き捨てるように言われた、『あとから入ってきたくせに』っていう言葉が今、重くのしかかる。

行き場のない気持ちを受けれいれてもらえない事実の前で、それでも濱谷は勝威さんを諦めなかったんだ。どんな気持ちでずっと身体を重ねてきたんだろう。

嫌がらせなんて、こいつのやり方は卑怯で最低だ。どんな理由があったって許せない。

でも、だけど。

出会ったばかりで気持ちを確信したのでさえ最近で、それすら揺らいでいる。向かって行くこともできず、ただ何もせずに待っている。

そんな俺が、濱谷よりも強く「勝威さんのことが好きだ」って言えるんだろうか。



「………なんだよその顔。同情でもしてるわけ?」

「ちがう、そもそも同情なんて、俺ができる立場じゃないし…」

「あーあー、はいはい。もういいいや。なんかもういい、うざい。ほんとむかつくよ。お前はきっといい子なんだろうね。俺と違ってさ。性格良くて素直で人の気持ち考えて、共感して悲しくなっちゃったりするんでしょ?自覚のない偽善って、本当にタチ悪いよ。」

「そんなつもりじゃ…!」


「そんなんだったらさ。」


濱谷は、怒りも悲しみも、何もないような表情を浮かべて言った。



「同情ついでに、野崎のこと返してよ。」



その瞳の深さにあらためて想いの大きさを知る。


だけど、結果的に濱谷にぶつけられたその言葉のおかげで俺は気づくことができた。まるで視界が開けたみたいに。最初から答えはひとつしかないってことを。



「それはできない。」



濱谷の目を真っ直ぐ見て、言った。


それは無理。できない。別に俺のものじゃないかもしれないけど、渡すわけにはいかない。

今この瞬間で言えば、俺の気持ちは濱谷に負けているかもしれない。でもいいんだ。気にすることなかったんだ。

何考えてるのか読めないし、周りから…ていうか実の弟にまで散々言われてるし、強引かと思えば突然優しくされたり、だけど興味なさそうな顔でいろいろ見ててくれている。

良い人なのか悪い人なのか、今でもやっぱりわからない。


理由なんかないんだ。


でも俺はこの先、今よりもっと勝威さんのことを好きになる。


それだけは確信してた。




「……ふーん。本格的にむかつくね。」


それだけ呟くと濱谷は俺に背を向けて校舎へ向かって歩き出した。

結局、最後まで一度も謝らなかった。ちょっとむかつくけど、でもそれはもういいや。

なんとなく少しだけ濱谷のことがわかった気がしたから。



そんなこと言ったらあいつはものすごいブチ切れそうだけど。


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