ぶつかりあい
そうこうしているうちに、遂に嫌がらせの犯人は直接接触を図ってきた。
「お前、1年の守山だろ」
声をかけてきた痩せ型の男と、その後ろに立つガタイのいい男。名札の色はどちらも3年生だった。見たことも関わったこともない顔だったけれど、漂う雰囲気から一連の出来事はこいつの仕業だということはすぐにわかった。
放課後の廊下は人通りも疎らで俺たちのことを気にかけるう様子もなく皆通り過ぎていく。
「ちょっと話があるんだけど、ついてきてくれない?」
「いや…無理です」
きっぱりと断る。なんで嫌がらせの犯人に素直についていかなきゃいけないんだよ。そのままシカトして立ち去ろうとすると、痩せ型の男が俺の肩を掴んだ。
「お前、ふざけてんの?」
………あ。この髪型。あの時はよく見えなかったから確信はもてないけど、中庭で勝威さんにキスしてた奴かもしれない。嫌なことを思い出す。
「話があるなら今ここでしてください」
まっすぐ目を見て答えると、次の瞬間胸倉を掴まれた。
俺は悪いことはしてない。少なくともこいつに責められなければいけない理由はないはずだ。勝威さんの周りをちょろちょろしている俺が目障りだって言うならこっちだって同じだ。
だけど俺だって、こいつのことを責める権利なんてもってない。
俺は勝威さんの、どんな存在でもないから。
お互い様なんだ。
だからこんな風にされるのは納得がいかない。
「鷹臣!!」
廊下の端から俺を見つけて駆け寄ってくる洋介の声が聞こえた。騒ぎが大きくなるのを警戒してか、目の前の男は俺から手を離した。
「……うざいんだよ、お前も、あの気持ち悪い弟も。後から入ってきたくせに…っ」
舌打ちをしながら苦々しい表情で俺を睨みつける。
「ああ、もしかして同室同士でヤったりしてる?変態だもんね、あいつ」
気がついたら全体重をかけて体当たりしていた。今度は俺が胸倉を掴んで壁に打ち付ける。
俺の名前を呼ぶ洋介の声が聞こえてきたけど、頭が沸騰していてこの手を緩めることができない。一緒にいたもう1人の男が俺を引き剥がそうとしても絶対に離さなかった。
「お前が勝手に俺のことむかついてるのは構わないけど、なんでお前なんかに縁がそんな風に言われなきゃいけないんだよ!ふざけんな!!」
大声を聞いてどんどん人が集まってくる。そろそろやめないと、やばいかもしれない。
でも、だけど。
「…なにこれ、どうしたの?」
「あ!みどり…じゃなくて野崎先輩…!」
「えっと君、鷹臣の友達だよね?あの掴みかかって暴れてるの鷹臣じゃないの?僕の知ってる鷹臣じゃないんだけど」
「俺の知ってる鷹臣でもないです…」
「なんであんなことになってるの?」
「鷹臣からは誰にも言うなって言われてたんですけど…。あいつずっと嫌がらせ受けてて。多分、それの犯人があいつなんです…」
「様子がおかしいとは思ってたけど、なんで鷹臣はそういうの隠すかなぁ…。そう、それで取っ組み合いの喧嘩?」
「いえ、鷹臣が怒ってるのは嫌がらせに対してじゃないんです。さっきあの、先輩の悪口をあの3年が言って、それで」
「僕の?」
「……はい」
「………ほんとに、鷹臣は鷹臣だね。」
そのとき、後ろから声をかける人物がいた。聞き覚えのある声だけど、怒りのせいかよくわからない。
肩を掴まれたとき、仲間の3年生かと思い咄嗟に腕を振り払った。
「野崎先輩!」
今までで一番でかい洋介の声に、一瞬で現実に引き戻される。
そこには、振り払った俺の肘を顔面に受けた縁が目の前に座り込んでいた。
右手で鼻を押さえている。次の瞬間ボタボタと大量の鼻血が流れ出した。
血の気がひく。完全に正気を取り戻した。
「縁!ごめん、俺…!」
なんてことしちゃったんだろう。最低だ。縁はぼんやりと手のひらにべったりとついた血を眺めている。
「大丈夫?痛いよね、ほんとにごめん…」
しゃがみ込み顔を覗き込むと、縁は少しだけ顔を上げて俺の方を見た。
「……僕は大丈夫。……はぁ、久しぶりに顔殴られた……」
縁にしては珍しい満面の笑み。
いや、この状況でそんな嬉しそうな顔しないでよ。殴られるのが好きなのはもうわかったから。
喧嘩の相手であるあの3年生は放っておき、俺は急いで縁を保健室へと連れて行った。
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