ペシミズム
あんまり気合入れすぎても変に思われそうだし。でもできれば美味しいもの作って喜んでほしいし。考えすぎ?なんか俺気持ち悪い?
「普通がいいか、普通が。」
茶碗蒸しとー。あさりと三ツ葉の吸い物とー、あとはどうしよう、天ぷらでいいかな。筍の天ぷら旨いんだよな。あとは適当にこの時期の野菜でいっか。
メニューは決まった。あとは帰って準備するだけ。
「鷹臣ってさ、実家でも毎日このクオリティのご飯作ってたの?」
買出しを終えて部屋に戻り急いで夕飯の仕度を進めていると、少し遅れて帰宅してきた縁がキッチンを覗き込んできた。
「学校帰ってきてから茶碗蒸し作る男子高校生なんて見たことないよ、僕。」
「うーん、まぁ、自分の好きなもの作ってきただけだからなぁ。弟たちからはもっとパスタとかハンバーグが食べたいって言われてたけど。」
「贅沢…。僕生まれ変わったら鷹臣みたいな息子ほしいなぁ。」
そう言いながら着替えにリビングへ戻っていく。
そんなに、たいしたものかな。もし気合入っているのが悟られたりしたらちょっと恥ずかしい。
「ただいま〜。あ、なんかいい匂いがする。」
しばらくすると賑やかな声で高遠さんが入ってきた。つい最近知ったことだけど高遠さんはこの部屋の合鍵を持っている。誰より早く帰ってきて一人で部屋にいることも何度かあった。人の部屋で、なんて自由な人なんだ。
「勝威も来るって言うから一緒に来たよ。」
リビングを覗くと勝威さんが高遠さんの後ろについて入ってくるところだった。本当に来てくれた。姿を見るまでちょっと半信半疑だったんだ。
縁は少し意外そうな顔して、なんとも言えない微妙な顔をしていた。久しぶりだし、前にあんなふうに怒鳴った後だから多少気恥ずかしさを感じているのかもしれない。
「…久しぶり。」
「おお。」
勝威さんと接する縁は少し幼くみえて可愛い。嫌そうな顔はするけど心の底から嫌ってるわけじゃないんだよな。
「あの2人って、あのぎくしゃく加減がちょっと癒されない?」
高遠さんがにやにやしながら俺にこっそり話しかける。うん。それはちょっとわかる。兄弟だからこそなのかな。
その後、出来上がった料理を並べて、本当に久しぶりに4人で食べた。
勝威さんは口数少ないけど、それは今に始まったことじゃないし。ご飯を食べている間はいつも完全な無言だし。
入学したばかりの頃を思い出す。あらためて考えるとまだ1ヶ月半しかたっていないことに驚いている。今でも不思議だ。この3人の中に自分がいるなんて。この学園にいるだけでも正直まだ違和感を感じているのに。
食事を終えて後片付けが終わった頃にはもう施錠の時間が近づいていた。勝威さんとはあまり話せなかったけど、まぁいいや。
来てくれただけでもすごく嬉しいことなんだから。
施錠の時間がせまって、高遠さんと勝威さんが帰るのをなんとなく玄関まで見送りに行った。
「あ、そうだ。」
高遠さんが先に廊下へ出た後、勝威さんが何かを思い出したように生徒手帳を取り出しメモ欄に何か書き始めた。ページを破り渡された紙を見る。
書かれていたのはメールアドレスだった。
メモを受け取った指がじんわり熱を帯びる。
「じゃあな、ご馳走様。」
それだけ言ってドアが閉まる。俺は手の中のそのメモをポケットにしまって縁のいる部屋へ戻った。
優しいことをされるたび、勝威さんのことを好きだと思うたび、気持ちが膨らむのを感じるたびに、同時に心の中に黒い感情が染み出していく。
優しくされたら嬉しいくせに、心のどこかでそれを抑えようとする自分がいる。いつからだろう。
こんな風に何かに期待するのを怖いと思うようになったのは。
心に予防線を張ってしまう。傷つく準備をしている。いつでも受身が取れるように。
今日はありがとうございましたって。無難なメールを1通送ってその日は布団に入った。
アドレスを登録したあとも、なんとなくそのメモ用紙は捨てることができなかった。
「来てくれただけで嬉しい」なんて。自分にまで嘘をついてる。
見つけてしまった。見なければ今日は幸せな気持ちで眠れたかもしれないのに。
勝威さんの胸元のキスマーク。
今更だ。最初からわかってたはずだ。
あの人は、今日もどこかで俺の知らない誰かとセックスしているんだ。
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