accomplice
鏡の中に、薄紫の花びらが揺れている。
いつもと着ている服が違うだけ。それ以外は普段と何も変わらない僕だ。それなのに後ろに立つ和人さんは、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
背後から伸びてきた和人さんの手が僕の唇に触れた。口の中に入ろうとするそれを、抗うことができず素直に受け入れると、人差し指がゆっくりと舌の上を撫で始めた。
幼い僕には彼が何がしたいのか、その意図がわからなくて。
得体の知れないものへの恐怖。静かな部屋の中、耳元で「可愛い」と囁かれる度に真綿で首を絞められるような思いがした。
いつの間にか夕日は沈んでいた。今行われていることが誰にも知られてはいけないものだということだけは、子供の僕でもわかっていた。
その日を境に、僕の日常は大きく色を変えた。
和人さんは定期的に新しい服を買ってきた。服だけでなくアクセサリーや靴も。僕は与えられたそれらを身に着けて、促されるまま布団の上に横になる。
服の上から触れていただけの和人さんの手がスカートの中へ侵入してくるまで、そう時間はかからなかった。
覆いかぶさる重み。
触れられた部分の肌の熱。
初めて知る快感。
耳元で囁く言葉。
何度も何度も繰り返すうち、いつしか和人さんに対する恐怖は薄れていた。
家族にも友達にも話せないこの背徳的な時間を、僕自身もまた望んでいたように思う。
そうした日々が2ヶ月程続いた後、和人さんは研修を終えて配属先の他県に引越していった。
僕に買ってくれたワンピースやアクセサリーの数々は全てこの部屋に残して。
今まで2人の遊びであったものが僕1人だけのものになり、普段は着ない、ひらひらの、頼りない薄い布を身にまとって自分を慰める。異常だと自分を追い詰めながら、それでも止めることができなかった。
和人さんと次に再会したとき、僕は中学3年生になっていた。
2年ぶりに僕の家にやって来た彼の隣には小柄な女性がいて、玄関先で2人の姿を見た瞬間に、僕は全てを悟った。
予想通り。結婚の報告だった。
「おめでとう。」と言った僕に、和人さんは以前と変わらない優しい笑みを返した。
あのときの複雑な気持ちを言葉に表すのは難しい。
その頃僕はうんざりするほど伸びた身長のせいで和人さんが買ってくれた服はもう着られなくなっていた。たとえ着れたところで今の僕に似合うはずが無いと思っていて。
自分の容姿が人並み以上ではあることをある程度は理解していたけれど、それはあくまでも男としてであって、自分の望んでいるものではない。
ろくに話したこともない同級生の女子から好意を向けられる度に、何やら薄ら寒いような感情すら覚え、僕は次第に異性と距離を置くようになっていた。
だから和人さんが結婚すると聞いたとき、彼が普通に女性を好きになれるということを知って、裏切られたような気がしたんだ。僕は彼のことを共犯者のように思っていたのかもしれない。
ただ1人、異常な性癖を分かち合える相手として。
僕に残されたのは、男に組み敷かれて、力で押さえつけられて、女のように扱われることに興奮を覚えるという事実だけ。
元から自分の中にあったものなのか、彼によって強制的に植え付けられたものなのか、今となってはもうわからない。
僕がもし女に生まれていたら、和人さんとの関係も何かが違っていたのだろうかって。そんな馬鹿馬鹿しいことも考えもしたけれど、不毛な考えだと打ち消した。
泥のように濁った感情と行き場の無い欲をもてあましながら、奥厚志と出会ったのは高校1年生の夏だった。
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