Hermes Blue






何かが決定的に変わってしまったのは、12歳の春だった。



その年、従兄弟の和人さんが就職先の研修期間だけ僕の家に居候をすることになった。

研修先がうちの近くだということ、そしてなにより父さんが温厚な性格の和人さんをとても気に入っていたこともあり、研修の間だけ会社の寮に入ると言った彼を半ば強引にうちへ呼んだのだ。

居候初日、僕の部屋の隅に置いてある荷物を見て、和人さんは「部屋を狭くしてごめん。」と呟いた。

気にしなくていいのに。父だけでなく母も、皆和人さんのことを歓迎していた。それに僕自身も、彼が本当の兄であれば良いとずっと思っていたから。

中学校へ入学したばかりの僕と大学を卒業したばかりの和人さん。小さな頃から和人さんはよく僕の遊び相手になってくれていた。

放課後、共働きの両親が帰宅するまでの数時間。定時で帰宅する和人さんと毎日一緒に過ごした。

家に帰ればいつも1人だった僕は、誰かと夕食を食べること、他愛ない会話、そのひとつひとつがとても嬉しくて。毎晩布団を並べて、寝る直前まで沢山の話をした。和人さんの声は心地よくて、いつも僕の方が先に眠りに落ちていた。

そんな穏やかな日々は、予想外に早く終わりを迎えた。


「おかえり、千歳。」
「和人さん今日は早いね。」

その日、放課後いつものように真っ直ぐ家に帰ると、和人さんは既に帰宅していて僕の部屋で本を読んでいた。

「今日は午前中で終わりだったんだ。だから買い物して、さっき帰ってきたところ。」
「買い物って、それ?」

家を出るときには無かったはずの、薄い水色の紙袋が目に留まる。彼は無言でその袋に手を伸ばし、中に入っていたものを取り出して僕の前に広げて見せた。


「千歳に買ってきたんだよ。」
「……僕に…?」


今でも鮮明に覚えている。


ふわふわと揺れる鮮やかな薄紫色。
窓から差し込むオレンジ色の光と混ざって、やけに綺麗で。


「千歳に似合うと思ったから。着ているところをみたくて。」


Aラインのワンピース。大きく開いた胸元は小さなパールのビジューで飾られていた。

僕を見つめたまま、和人さんはいつもの優しい笑顔を浮かべていた。その表情に後ろ暗さなどは何も感じられない。冗談を言っているようにも見えない。

"似合うと思った"
"だから着てみて欲しかった"

それだけの理由。僕の性別のことなんて気にしていないのか、まるで当然のことのように話している。


僕は、それがとても恐ろしかった。


わざわざ買ってまで。
どうしてこれを。
どうして男の僕に。

疑問はいくつも湧いてきたけれど、どれも言葉にすることはできずに飲み込んだ。


見えない糸に操られるように、差し出されたその服へおそるおそる手を伸ばす。


「きっと似合うと思うんだ。」


夕日の差し込む2人きりの部屋の中。
和人さんが、満足げな表情で僕の頭を撫でた。








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