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マンションの駐車場に車を停めて、降りてすぐポケットから電話を取り出した。受信履歴の一番上にある名前へ『家に着いた』と一言だけメールする。

会う約束をしていたわけではないけれど、今日あたり来る頃かと予想はしていた。まさか、あんな最悪なタイミングで来るとは思っていなかったけど。

自分の部屋のある4階に着いてエレベーターのドアが開いた瞬間、廊下の向こうで見慣れた顔が振り返った。

「奥、もう来てたんだ。大分待った?」
「いや、さっき着いた所。そろそろ帰ってくる頃かと思って。」
「仕事は休み?…あ、今日は土曜日か。」
「千歳はずっと家に篭ってるから曜日感覚無いんだろ。」


奥厚志は、高校の同級生だった。

卒業後僕たちはそれぞれ違う大学に進学し、その間の付き合いは途絶えていたけれど、奥の就職した先が僕の住んでいる家の近くだったこともあり、近所のコンビニで偶然再会したのをきっかけにまた会うようになった。

会社の飲み会の後、終電を逃した奥が僕の家に泊まりに来ることも度々あった。

玄関で靴紐を解く奥の姿を見下ろして、そういえば私服でいるのを見るのは久しぶりだな、と思う。

高校時代はバスケ部のレギュラーで、高い身長と人当たりの良い性格でそれなりにモテる部類ではあった。茶色に染めていた髪は就職活動の為に黒くしたらしい。「大学時代は遊べるだけ遊んだ」と本人は話していたけれど、今ではすっかり真面目な営業マンだ。

「お邪魔しまーす。あれ、なんか珍しく散らかってない?」
「昼間に商品の撮影してたから。片付ける時間無くて。」
「ふーん。これもその時に使ったやつ?」

ベッドの端に無造作に置かれたままの茶色い髪の毛の束。モカちゃんがしていたウィッグだ。奥はそれを手に取って興味深そうに眺めている。

忘れ物無いかって、ちゃんと聞いたのにな。それとも何か意図があって置いていったんだろうか。

あの子が果たしてそこまで考えるだろうか。いや、あの子ならそこまで考えるかもしれない。

「それ、モデルの子が忘れていったんだ。」
「ふーん。撮影ってここで2人きりで?」
「そうだよ。」
「お前にもそういうの頼める女の知り合いがいたんだな。ちょっと意外。」
「従兄弟の友達だよ。それだけ。」

正確に言うとそれの持ち主は男なんだけど。説明するのも面倒臭いし、別にいいか。

「すごいな、触ってみないと人工の髪ってわかんない。」
「最近のは安物でもそれなりに見えるからね。」
「千歳は中性的な顔だから意外と似合うんじゃない?」

そう言いながら僕の頭にウィッグを被せようとした奥の手を、反射的に振り払う。

「似合わないよ。」

「お前さぁ、こういうの嫌がるよね。高校の文化祭のとき覚えてる?男女逆転劇の役決めで主役やらされそうになった時。凄い顔してたもん。隣の席で顔真っ青になってて、笑いそうになった。」

「……やらずに済んだのは、奥が白雪姫に立候補してくれたおかげだよ。」

「だって、あのままお前に決まったら登校拒否になりそうだったから。」

「それより、これ取りに来たんだろ。ほら。」


楽しそうに昔話を続ける奥の言葉を遮って、机の上に置いていた箱を差し出す。奥はそれを受け取って蓋を開けた。

ついさっき、モカちゃんにお礼としてあげたものと同じデザインのネックレス。ただしアルファベットは"R"で、7月の誕生石であるルビーをイメージした赤い石に変えてある。

「一応言っておくけど、それ本物のルビーじゃ無いからね。ただの同僚がいきなりそんなのあげたら『重たい』って思われそうだから。」

「うんうん、ありがとう。いくら払えばいい?金額は材料が決まってから決めるって言ってたよな。」

「お金はいいよ、これからそういうシリーズ作ろうと思ってて、そのサンプルみたいなものだから。」

「でも人から貰ったものをあげるわけにはいかないだろ。誕生日プレゼントなのに。」

「それはそうかもしれないけど。」

「だからちゃんと払うよ。きっと喜ぶと思う。本当にありがとう。」

いつも販売している商品のように不特定多数に向けてではなく、特定の人間へ贈るためのアクセサリーを作ったのはこれが始めてだった。そのせいだろうか、頼まれてから完成するまでにやたらと時間がかかってしまった。間の期間に作ったモカちゃんへ渡す為の指輪なんかはあっさりと出来たのに。

これで最後にしようと思う。

たとえ奥からの頼みだとしても。

作りたくないものは、はっきりと断るべきだったんだ。


「……千歳、顔色悪い?」


ベッドに腰掛けていた奥が立ち上がった。僕の顔を覗き込みながら心配そうな表情を浮かべている。

「最近忙しかったから。風邪でもひいたのかもね。」
「悪かったな、こんなこと頼んで仕事増やしちゃって。」
「いいよ、それくらい。でも具合が悪いし、今日はもう帰ってもらえるかな…。」
「これの代金は…」
「別に今じゃなくていいよ。」

そのまま強引に玄関へと送り出す。
奥は何か言いたそうな顔をしていたけど、諦めて大人しく靴を履いた。


「告白、うまくいくといいね。」


最後に一言。

それだけ告げてドアを閉め、その場にうずくまる。

風邪なんて引いていない。だけど体調が悪いのは本当だった。その原因である奥と、これ以上同じ空間にはいたくなかった。

しゃがんだまま顔を上げて、何も無い自分の部屋を見渡す。余計な物は一つも無い。ここで暮らしていた5年間、必要の無いものは極力排除するようにしてきたんだ。引越しをするならば荷造りは簡単に済むはずだ。

ふと、昼間のモカちゃんの言葉を思い出し洗面所に向かった。この部屋の中で一つだけ、余計なものがあるとするならば。


なんとなく。


そんな不確かな言葉を理由にずっとしがみついてきた。


洗面台のコップの中。立てかけていた2本の歯ブラシのうち、1本をゴミ箱に捨てた。









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