好きです、と言われた。
幼さの残るその顔に、無邪気を織りまぜた笑みを張り付けて。
その瞳に、悪意を含んだ愉しげな色を灯したまま。
嘲笑を抑えて紡いだ返答は、果たして綺麗な嘘となれたのだろうか。諦めませんよなんて言った彼、黒沼青葉の顔には、やっぱり笑みが張り付いていた。
「三十点」
「…は?」
きょとんとした顔で此方を見る彼に、いや三十五点かなと呟いてみる。素の表情は思考が読み取りにくい。普通逆じゃないのか。まあ読めないくらいの方が、慣れているから楽なのだけれど。
「隠すなら隠せ。見せるなら魅せろ。悪意が漏れ出ているぞ」
「…何のことですかね」
「君は私を利用したいだけだろう。言っておくが、私がどうなろうと臨也は変わらない」
「……意味が」
「あいつが私に構うのは、私があいつに構わないからだ。何をしたら私が自分に関心を持つのか。反応を示すのか。…ただの好奇心だよ。君はあいつに指示されたわけではないんだろう?なら、やめておけ。私の反応を見るために、あいつに玩具にされて終わりだ」
いつの間にか、彼の顔からあの笑みが消えていた。それで良い、その見慣れた顔をしている内は、私の手のひらの、上。携帯が鳴る。…はは、分かってるよ。一体何処から見ているのやら。つ、と視線を上へずらせば双眼鏡を覗き込む黒い人影が見えた。なんだ、あれか。
「貴女は、俺が嫌いですか」
ふと発せられた声へ視線を向ける。ぐらり。真剣そうな顔を向けられて、自分が一瞬揺らいだのが分かった。ああもう、嫌になる。さっき見られた無邪気さも悪意も感じない。余りにも読み取りやすい。うっかり恐怖を感じるほどに。ぐらり、認識が揺らぐ。ほんの少し頭の切れる、でも単純な、所詮高校生の餓鬼だと思っていたのに。
「…まあ確かに半分くらいは利用目的でしたが…、…半分は本気でしたよ」
過去形なのね、気は変わったのかい?口元に嘲笑を浮かべて声を出す。あ、震えた。ええ、変わりました。耳に音が通る。少しほっとしたのが分かった。多分、私は、これ以上、この子に、関わりたくは――。
「心の底から貴女を奪いたくなりました」
「……は、」
面白いですよね、想像よりも。さっきの言葉だって、つまりは俺の心配をしてる。…ああ、拒否なんて聞きませんよ。そんな震えた声に説得力はありませんしね。――耳の中で反響する。ぐらり、揺れる。歪んだ視界の中で黒沼青葉が近付いてくる。ああ、…くそ。
――口付けられた。
咳き込む。息が、上手く出来ない。大丈夫ですかと、笑われた気がした。ああもう、うるさい。携帯が鳴る。視界上部に映る人影の口が、良い眺めだねなんて動いた気がする。誰が電話になんか出るか、ノミ蟲が。ぐらり、…酸欠かなあ。――ぐらり、ぐらり。視線の先の元凶は、悪戯に成功した餓鬼のように笑う。やっぱりお前ら、そっくりだ。
「やっぱり私は、お前が嫌いだ」
やっとの事で出した声は、小さく震えて、自分への嘲笑を圧し殺して、風に消えた。
「そういう貴女は、嘘が下手だ」
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