「お、来たんだ日吉少年」
「…やっぱり居たんですか」
私が死んだ翌日の放課後、私と日吉少年は私の死体発見現場で再開した。今日の彼はテニスラケットを持っていて、テニス部っぽいなーと思ってしまう。…いや間違いなくテニス部であった。今日、まず言うことは決まっている。
「…昨日はほんとごめん。特に夜。ほんとごめん」
「………」
取り敢えずは昨夜についてである。はっきり言おう。眠れなかった。痛くない食欲がないという時点で何となく心配はしていたが、全く眠れなかったのだ。そこで日吉少年に電話をかけた。午前二時頃だったように思う。私はそれから日の出頃まで日吉少年と通話していたのである。「すみません、完徹はしたくないんですが」そう言った日吉少年の声を、私は忘れないだろう。
「…いいです、別に。それまで切らなかった俺の自業自得です」
「いやほんとごめん。母さんにもあの後よく言っておいたから」
「……いえ、夕飯いただいてしまいましたし、ご馳走様でした」
「昨日大変だったんだよ、父さんがなまえは嫁にやらん!とか言って」
「…はあ」
「あ、ごめん部活行くとこだったんだよね。がんばってー」
「え。…ああ、はい」
「何その意外そうな顔。…まさか私と話していたいだなんてそんな」
「…!ち、違いますそれじゃあこれで」
慌てて行ってしまった。何だあれかわいい。動いていない心臓が、きゅんとした。…乙女か私は。
***
「やほー」
「な…んでいるんですか」
「部活見てたんだけど、終わっても居ないから自主練かなーと」
「…無人じゃないんですから、首は支えて下さい」
無人じゃないとはいうが周辺に人影はない。が、私だったら首の折れたやつと話していたくはない。大人しく従った。
「日吉少年、テニスやってるとき楽しそうだよね」
「…は?」
「何かこう、きらきらしてる」
「………」
無言で練習を再開した彼を、静かに見ていた。…しかし変わった構えである。運動が得意な方ではない私が言うのもなんだが、果たして打ちやすいのか。甚だ疑問である。すっかり日の落ちたテニスコートで、彼は「送っていきますから、待っていて下さい」とタオルを拾う。…まさかここは私が手渡すべき場面だったのか?気が付かなくてごめんと心の中で謝った。
「…何してるんですか。行きますよ」
日吉少年の声が呆れていたのは言うまでもない。心の中での謝罪がまさか虚空に向けての土下座になるとは誰が思おうか。いいや誰も思いはしなかった。待っておくれと駆け寄れば、首が奇妙に曲がり顔を顰められる。…日中、校内でバレなかったのが未だに信じられない。そういえば、例の私を嫌っているお嬢さんが私を見て固まっていた。…よく考えたら昨日は居なかったような。欠席でもしていたのかもしれない。何だかんだ、私も昨日は結構精神的に参っていたのだろう。昨日の昨日…つまり一昨日は執拗に殴られて意識を失っていたし、その翌日…すなわち昨日は朝から靴箱の生ごみ処理である。生ごみを持って登校とは、随分暇な人も居たものだ。生ごみを持って登校する清楚なお嬢様。…ふは、想像するだけで笑える。
「…何一人で笑ってるんですか。気味の悪い」
…日吉少年の前でにやけるのはやめようと思った、瞬間であった。
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