「そういえば日吉少年。すっかり忘れていたが今は放課後じゃあなかったかな」
「?そうですが」
「部活か何かに行く途中だったんじゃあ…」
「…今更ですね。大丈夫です、今日は休みらしいので」
「ふうん、…何部?」
「男子テニス部です」
「へえ、テニス…テニス部!?」
なんてこった。つい声を大にしてしまったが、私にとっては一大事である。「ま、まさかレギュラーとか言わないよね頼むやめてくれ」一息で言い切った私に怪訝そうな目を向けて、「…準レギュラーです」と日吉少年は言う。ちょっと安心した。ほっと息を吐く。日吉少年は不愉快そうに目を細めた。「何ですか失礼な人ですね」「え?…あ、ごめん別に君たちがどうというわけではなくてだね、女の子ってのは怖いのだよ日吉少年」少し納得したような表情に再度ほっとした。
「日吉少年は物分かりが良くて助かるよ。君みたいのがレギュラーならいいのにねえ」
「…何かあったんですか」
「ん?ああ、俺様跡部サマに爪の垢を煎じて飲ませたいなと思うわけだよ」
「…下剋上しますよ」
「ふは、下剋上かあ、是非やってくれ君なら出来る」
日吉少年は少し驚いたように目を丸くして、当然です、と小さく呟いた。跡部景吾というひとは、確かに実力も何もかも持っている。それは生まれ持った才能に加えて努力も怠らず、さらに他人の上に立つことに慣れたとんでもない人材なのだ。しかしながら長所でもあり短所でもあるだろう自信家という性格は、私にはどうにも受け入れ難い。…まあこの話はまたいつか。
「…あれ?じゃあ日吉少年はどうしてこんなところに」
「ああ、少し確認に」
「確認?」
「これです、」と日吉少年は相変わらず彼の背後に立つ幽れ…、…お嬢さんを指した。お嬢さんに対してこれとは何だ失礼じゃないのか。「最近、この辺に霊が出ると聞いたので、確認に」「え」じゃあまさか。
「…私は今話題の心霊スポットで自殺したと?」
「…まあ、そうなりますね」
「…………」
「…え、ちょ…みょうじ先輩!?」
「…っは、ごめん今恐怖で意識が遠のいた」
少し呆れたような顔をした日吉少年は、「送って行きましょうか」と私に尋ねる。「え、何をどこに」ごく普通の質問をしたつもりだったが、その認識は間違っていたようだ。
「は?先輩を家にですよ」
「…私死んでるんじゃ」
「物に触れられるということは、他人が視認できるということかと思ったんですが」
「…なるほど」
首落とさないで下さいよ、と日吉少年は小さく笑った。
***
インマイホーム。どうしてこうなった。
「日吉くん、たくさん食べていってね」
「…ありがとうございます」
「…あらなまえ、どうしたの食欲ないの?ずっと頭抑えてるし。昨日も夕飯抜いてたわよね?」
「んー、あんまり。ちょっと調子悪いのかも」
日吉少年が家まで送り届けてくれ、お礼を言った時である。ちょうど家から出てきた私の母が、日吉少年にあろうことか「あら!なまえの未来の旦那さまね!」と言い放ち、衝撃のあまり固まった私たちを家へ入れた。どうしてそうなった。先に我に返った私が否定する声は届かず、「ねえ、二人の馴れ初めは?どこに惹かれたの?」日吉少年を問い詰める母に茫然としてしまった。我が母ながらどうしてそんなにデリカシーが無いんだ。「なまえもよくこんなイケメン捕まえたわね!流石私の子!」とか言ってるあたり救いようがない。まあ確かに言われてみれば、日吉少年はなかなかのイケメンである。キノコヘアーが目につくので気が付かなかった。昔のお父さんみたい!と一人で盛り上がる母に嘘だろと心の中で突っ込んだ。私の父は普通のバーコード頭のおじさんに眼鏡を装着させれば大体似たひとが出来上がるような人だ。日吉少年のキノコヘアーがバーコードヘアーに…、…あまり考えたくはない。日吉少年は半ば茫然としつつ夕食を食べている。ごめん日吉少年。今度何か奢る。首がおかしな方向に曲がらないよう頭を抑えつつ座る食卓では心休まる暇など無かった。しかし日吉少年の心労は並ではない。本当に、ごめん。
▲ △ ▼