風が吹く。暖かい空気が勢いよく流れていくのを肌で感じながら、うっすらと透けた女子生徒を視界に映した。
あの事件以来、そういう類のものが見えるようになってしまった私の病院生活は、なかなか過酷なものだった。元々、ホラーに分類されるもの全般が苦手なのだ。いつか慣れる日が来るのだろうか。来てほしいような、ほしくないような。微妙なところである。
跡部と日吉少年は、数日間毎日お見舞いに来てくれた。跡部が不思議な見舞いの品を持って来て、それを物色しながら三人で過ごす。それは多量のぬいぐるみだったり、花瓶に不釣り合いな量の花だったり、変わった柄のパジャマだったり様々であった。正直食べ物が一番嬉しかった。そのせいで太ったのは言うまでもない。日吉少年は七不思議系の本を持って来てくれた。彼の愛読書らしいが、私はホラーが苦手だと何度言ったら分かるのだろうか。怖がる私を楽しそうに見ていた彼の顔を私は忘れない。いい笑顔でしたよちくしょう。
例の社長令嬢の席はぽっかりと空いていた。誰も彼女については触れることをしない。跡部の言っていた通り、転校してしまったらしい。けれど、机の中に一通の手紙が入っていた。ごめんなさいと一言書かれたその便箋は、私の中に溜まっていたもやもやをすっきり晴らしてくれたらしい。その手紙は彼女からだと、何となく分かった気がした。
またひとつ、風が吹く。午後の授業を終えたこの時間は、眠気と空腹感が主張し始める。ふわあと大きな欠伸を零した。「随分大きな欠伸ですね」テニスラケットを背負った影が近付いて来て、可笑しそうに笑った。
「やあ。やっぱり来たね日吉少年」
「やっぱり此処でしたか、みょうじ先輩」
そう言って私と日吉少年は、いつも通り雑談に華を咲かすのだ。
「あー…ねえ、日吉少年」
「何ですか、食べ物なら持ってませんよ」
「え、いやポテチ持ってるから…いる?」
「要りません。…また太りますよ」
「酷いな日吉少年!…ダイエットしようかなあ」
「少し走ってきたらどうですか。今から」
「今から!?無理無理、三メートルで倒れる」
「…、…そういえば跡部部長からみょうじ先輩をマネージャーに勧誘しろと言われたんですが」
「ええ?やらないよ、そんな」
「…そうですか」
「…あ、でも意外といいかもなあ」
「え?」
「んーとさあ、日吉少年」
「何ですか」
「私、君のこと好きかも」
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