白い病室のベットの上で、紛れもなく私自身の肉体が、静かに横たわっておりました。

「…随分傷だらけだね、私」

「……」

苦笑してみせると、日吉少年はどうしてか泣きそうな顔をして、けれど私に合わせるように小さく笑ってくれました。もしかしたら今生の別れになるのかなあと他人事のように考えて、でもやっぱり死ぬ気はないしなあと別れの言葉を飲み込む。どうすればいいのかがまず分からない。気休め程度でもと首の位置を直して、自分の身体にそっと触れる。栄養不足かなんなのか、少し荒れた肌はお世辞にも触り心地が良いとは言えなかった。頬から、首へ。折れていない首が羨ましい。そのまま誰が着せてくれたかも分からない布越しに鎖骨、そして心臓へ。とく、とくと一定のリズムが心地よかった。

「――、?」

温かい。久し振りのその感触に違和感を覚えると、心臓の上に乗った手が淡く光る。おお、戻れるのか。どうしてか脳が冷静にそう判断して、ぼんやりと宙を見詰める。後ろから、声がした。日吉少年と跡部景吾の声である。そうだ、もしも最期になるのなら、これだけは言わなくては。心臓に手を当てたまま、そっと振り返る。心配そうな日吉少年が見えた。彼がちらりと片手で私の遺書を振る。なんだそれ、人質みたい。彼に向けた心からの笑みを浮かべて口を動かすと、ぼやける視界で彼が目を見開いた気がした。

『ありがとう、日吉少年』



***



白い天井。日吉少年。跡部景吾。この三つがぼんやりと見えた瞬間、全身に激痛が走った。

「痛っ、ちょ痛い痛い痛い!何これ痛いやめ助け、」

「…みょうじ先輩!」

「なまえ!」

痛みに悶える私に、ほっとしたような笑みを向ける日吉少年。笑い返したい。いや待て何これ痛い助けて死んじゃう。…死ぬ?

「…あれ、私生きてる…?」

「っ、みょうじ先輩、良かった…!どこか変なところありませんか?」

「変っていうか痛い。特に首がものすごく痛い。…あれ、首…そうだ首!首折れてない!?」

「大丈夫です、折れてません」

死ぬほど痛いが身体は無事らしい。私の叫び声を聞いたのか、看護師さんが小走りでやって来て、そののちお医者さんがやって来て、色々と検査を受けた。跡部景吾は私が気を失っている間に日吉少年から事情を聞いたらしく、上手い具合に一連の騒動を収めてくれたようだった。例の社長令嬢は、もう社長令嬢ではなくなったらしい。授業料なんかも払えねーから、普通の中学にでも転校するだろ、と彼は笑った。彼なりの私への気遣いであることは明白だったので、丁寧にお礼を言っておいた。名前呼びで許してくれるらしい。そんな度胸は持ち合わせていないため、跡部と呼び捨てにすることで落ち着いた。ううむ、慣れない。日吉少年はというと、あちらこちらと検査の為に移動する私を支えたり、上着を貸してくれたりしてくれた。何とも気遣いの出来る少年である。優しいなと思うたびに、今度こそ本当に、心臓がどくりと跳ねた。

検査結果は異常無し。首の痛みの原因は不明とのことだったが、時間が経つにつれ和らいできていたこともあって、念のために数日入院した後退院出来るらしい。学校への連絡も、跡部が行ってくれていた。抜かりない性格は相変わらずである。私は二人にお礼を言って、慌てて来たらしい母親に大丈夫だと笑いかけ、「あらー景吾くん?ますますイケメンになったわねー。おばさん困っちゃう。日吉くんも、あの子ったら迷惑かけちゃって…でも見捨てないであげてね?あ、おばさんのことは義母さんって呼んでちょうだい」と相変わらずのマイペースっぷりを発揮した母親に苦笑した。日吉少年が困っている。ほんとにごめん。そんな騒がしさに少しの幸福を覚えながら、夢の世界へと旅立った。お休みなさい、と日吉少年に優しく声を掛けられたことを後ににやにやした母親から聞かされることとなるのは、また、別のお話。


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