「また会ったね日吉少年」

「…ここを通ると、テニスコートまで近いんですよ」

それにしては日吉少年以外ほとんど誰も通らないような。なんて思ったが言わなかった。

「そういえば日吉少年、私の遺書どうしたの?」

「は?ああ、あれなら鞄に入ってますが」

「え…?えええ、どうして私の黒歴史を日吉少年が持ち歩いて…」

「何かに使えるかと」

「使えないでしょどう考えても!」

私の返答を聞いて日吉少年は小さく笑った。と、その時である。私の名前を呼ぶ声とともに俺様跡部サマが走って来た。日吉少年がぎょっとした顔で跡部景吾を見ている。「お前、電話出やがれ!」汗だくになった彼は私を睨みつけてそう言うが、知ったことではない。あまりにくだらない用事が多いため、私は彼からの電話にはほとんど出ないのだ。

「お前、なまえだよな?」

「は?一体誰に見えるっていうの」

「昨日、俺はお前に聞いたな。その首どうした、と」

「…まあ、」

「――何を隠してる」

「別に。あんたこそ、何が言いたいの?」

彼は一瞬私から目を逸らし、口を閉じた。額から汗が一筋流れて、鎖骨に落ちる。本当に整った顔してるななんて、場の空気に似合わないことを考えた。

「四日前、みょうじなまえは秘密裏に入院していた」

「――は?」

「原因は全身打撲。現在意識不明の重体だ」

「え、ちょ…ちょっと待って、私此処に居るんだけど」

「だから聞いてる。どっちが本物だ」

そんなこと聞かれても。…四日前。私が自殺する前日の話である。あの日は、…そうだ。いつもより激しく殴られた、あの日だ。その後気を失って――それで?目が覚めたら一人で倒れていて、…?あれ、そういえば、あの日は、食欲もなくて、ひどく目が冴えていて、大怪我するとこんな感じになるんだなあ、なんて。

「…みょうじ先輩?どうしました?」

「日吉少年、…私、四日前、気を失うまで殴られ、て」

「!」

「気が付いたら、外は真っ暗で、家に帰って、夕食食べれなくて、」

「…それって」

「眠れなく、て…」

「…、…先輩、もしかして、」

もうその時、今と同じ状態だったんじゃないですか。そう言った彼の声は、どこか確信に満ちていた。

「あーん?お前ら何の話をしていやがる」

「跡部部長、今すぐその病院の方のみょうじ先輩のところへ、連れて行って下さい」

「…日吉少年?」

「……俺の想像ですけれど、」

彼はちらりと私に目をやると、「おそらくどちらも本物です、」と口を開いた。訳が分からない私と跡部景吾は混乱することしか出来ない。

「その前に聞いておきたいんですが、先程秘密裏に、と仰っていましたよね。どうして見付かったんです?」

「たまたまだ。…見舞いに行く用事があってな。隣の病室にみょうじなまえの表札がかかっていて、昨日様子が可笑しかったから調べた」

「そうしたら氷帝のみょうじなまえだっていうじゃねえか」続けた跡部景吾が真剣な顔をして、一人の女子生徒の名前を口にする。その名前は、例の、社長令嬢の、名前、で。

「そいつが自分の親にも隠れてみょうじなまえをこっそり入院させたらしい。知り合いか?」

目の前が真っ暗になったような気がして、そうか最近の彼女のあの視線はそういう意味かと理解した。倒れそうになる私を支えた跡部景吾はその熱を持たない身体に瞠目し、支えをなくした私の首が、かくりと奇妙に傾いた。


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「見えない臓器の名前は」
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