一片の | ナノ


「おっじゃましまーっす!」
「お邪魔します」

礼華先輩に連れられて、謙也先輩の家に来た。最近は母の検診が多くて、礼華先輩と会えなかったから久しぶりに目一杯遊ぶつもりである。

「いらっしゃい。あら、今日は凉ちゃんも居るんやね」
「はい。おかげさまで母の容態も峠を越しまして」
「あらあら。今日は遊びに来たんでしょう?堅苦しい話はあかん!!」
「ふふ、そうですね」

謙也先輩より先に謙也先輩のお母さんがいらっしゃった。私達の会話を聞いた礼華先輩も今日は遊ぶで!と気合いを入れ直している。

「なんや、早かったなぁ」

階段を下りてきた謙也先輩が私達に声をかける。謙也先輩とも遊ぶのは久しぶりだ。
母はなかなか治らない病気を患っていて、この謙也先輩のお家「忍足医院」でお世話になっている。病気の山や谷は激しく、具合が優れなければ無理をしてでも検診に行かなければならない。そしてその付き添いは私がやっている。父は単身赴任で広島へ行っているため、その役柄は私しかいないのだ。
検診以外でも忍足医院に行くときだって付き添いはする。だから謙也先輩と会う頻度は結構高い。

「よっし!今日はキャッチボールするで!」
「はい!」

母には部活に入りたかったんじゃないの?と言われたりもするが、私には二人がいるから十分満足している。部活なんかしなくてもそれ以上にハードな運動をする機会があるし、何より部活より楽しいと思う。
これは、先輩達がいるからこそだって思うし。

「凉ちゃん、そっち行ったで!」
「オーライです!」
「おー!ナイキャ!」
「ありがとうございます!謙也先輩ー!いきますよー!」
「よっしゃ!来い!」

白いボールが弧を描いて、謙也先輩の持つグローブに収まる。礼華先輩みたいにビシッと決まるような重い球や謙也先輩みたいな早い球は投げられないけど、キャッチボールは楽しい。

「あ、凉ちゃんはけんけんから白石さんの話聞いたん?…あっごめん強すぎたかも」
「平気ですっ!白石さん?」

ちょっと強めの球をしっかり捕って、謙也先輩にまわす。平気だったけど少し受け取った左手がぴりぴりした。

「テニス部に、めっちゃ強い奴がおってな」
「あ、わかりました!礼華先輩が謙也先輩の家に行ったら白石さんを連れて帰ってきた謙也先輩と鉢合わせたんですね!」
「なんでわかるん!?」
「えっ本当にそうなんですか!?」
「ま、まぁ…ええわ。そんでな、その白石さんって謙也と同じ人間かと思う程、優しい人でな!」

少し礼華先輩の顔が綻ぶ。ああやって口先では茶化しているけれど、私の母が父との昔話をするときの笑顔を思い出す。

「なるほど。礼華先輩、春が来たわけですね」
「?…まだ夏やで?」
「あ、あはは…凉ちゃんは…お、おもろい事言うなぁ!」

図星のようだった。変に引き攣った笑いを浮かべながら礼華先輩が投げた球はさっきの球より強く、コントロールは少し出来ておらずに大きく右上に逸れた。
走って取りにいくのも面倒なのでジャンプして取ると、着地に失敗してこける。

「っと!?」
「…あ、ご、ごめん!凉ちゃん!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私は先輩を応援しますから、安心して下さい」
「も、もう!凉ちゃん!」
「ふふ、」



夏にして春到来
(後で謙也先輩も気付いたみたい)







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