一片の | ナノ




放課後、久我はちゃんと来た。いままでどこいってたのん?と小春が久我に聞くと久我は「屋上」とぶっきらぼうに答えた。久我が誰彼構わず人に当たるなんて珍しい。いや、普段の久我の事しらねぇけど。

「なぁ、礼華」

そして白石が話しかけても終始無視。無視される度に白石が泣きそうな目でこちらを見るもんだから俺はため息を尽くしかなかった。

「律也、白石のやつどないしてん」

素振りを終えた健二郎がラケットを持ったまま俺の方によってきて問うた。今はゲームをやってるから手が空いてる奴は自主練をしている。ちらっとベンチをみれば…やべえ。久我の周りから殺気さえ感じる。みんな怯えてんぞ…。

「久我が嫉妬して口聞いてくれない状況らしい」
「あー…。それはお気の毒さまやな…」
「白石も自業自得だ」
「はは、律也は冷たいなぁ」
「フェンスの外で奇声上げてる連中をどうにかしないのが悪い」

昨日のがあってから、自分もイケるんじゃないかとアタックしにくるやつが増えた。白石とは同じクラスで行動も一緒にしているから見てればそんなのはわかる。
そんで挙句にフェンスの外のファンの人数も心なしか増えたように思う。キンキンうるせぇ。

「律也お得意のガンでも飛ばしてきたらええやん」
「お前も俺が女子嫌いなの知ってていってるだろ」
「勿論や。でもまああの女子らの前で「うるせぇ」とか一蹴してきたらだいぶ変わると思うで。律也の他人に向ける顔めっちゃ怖いもんな」
「黙れ」
「それやそれ!ハハハ、めっちゃ怖いわ!」
「何笑ってんだよ」
「……すんません」

小石川は弄り甲斐がある。冷気を込めた発言をすればすぐに縮こまる。あんま健ちゃんいじめるんやないでーと部員から声がかかったが、無言でかえしておいた。その部員も縮こまる。あ、いや…お前には威圧した訳じゃないんだが…。

に、してもだ。さっきからこんな会話をしていたが俺は白石と久我をずっと観察していた。段々と無視され続けて白石も怒ったのか気を引こうとしているのかはわからないがファンに向かって「んんーっ絶頂!」とか言っている。何だあの厨二。久我の神経を逆なでしているのに気づいているんだろうか。いや…あれは、いや。まさか。わざとやっているんじゃ…。

「白石…まさかSに目覚めたのか…?」
「何言ってんの律也」

ファンに愛想を振りまき始めた白石に驚いていると、姉ちゃんが来た。あれ?部活は?

「三年のミーティングで部活が休みだから様子見に来た」
「何かやばいっちゃけど…白石が久我の神経逆なでし始めたっちゃけど」
「そぎゃんびくびくせんでもよかろーも」
「お前らそれどこの方言…」
「あれ、健二郎言っとらんかったっけ」
「あたしら九州出身やけん。大阪には小学校の途中から越して来たけんが標準語喋っとるんすよ。ちなみにこれは博多弁。ちょっと熊本入るけど」

そうなん!?と健二郎が大きな声で驚くと、久我がこっちをジロリと睨んだ。

「そこ!何サボってんねやしばくど!」

碧は久我に気づかれる前にそそくさと逃げ、フェンスの外に出てファンと混じって応援し始めた。久我のイライラのボルテージは鰻登りらしい。最下級生なのに三年もビビるような態度でいる。フェンスの外にいるファンも久我をチラチラと見て、ヒソヒソと近所のおばさんの話し合いのようにやっている。

「ボケっとすんなや!次!吉田先輩!コート入れ!」

上級生に命令口調かよ。言われたとおりコートに入ればきゃあきゃあと声がさらに大きくなったから何なのかと思えば俺の対戦相手は白石だった。白石が「ほな行ってくるで」と言えば、更に奇声が湧く。
その中で「吉田先輩頑張ってー」と声が聞こえた。この声は姉ちゃんか。いつもウザがられてるし、姉ちゃんも部活だからか俺が練習するときに応援されるのはなんか久々だった。ちなみに姉ちゃんが観戦してる試合で俺は負けた事ないからな。いくら白石でもこれは負けられない。…けど、今の白石になら誰だって勝てる。

「コートでもボールでも好きな方をやる」
「余裕やな」
「ああ、今のお前には負けないからな」
「それどう言う意味や」
「自分で考えたらどうだ?自分から部の和を乱すなんて部長失格だろ」
「……!」
「本当はわかってんだろ。これ終わったら頭冷やせ」

我ながらクッサイ事を言ったな。
サーブは白石に譲った。確実な球。だけど、素早く打ち返して先に点を取る。先手を打たれた白石はさっきの言葉もあって動揺していた。

試合はストレートだった。普段良いの動きを微塵も見せずに白石は呆気なく負けた。ラリーも続かないなんて、俺も驚いてしまうほどだった。

「今のお前は誰にも勝てない。……水でも浴びてこい」
「おん」

白石は素直にその言葉に従った。久我は我関せずとでも言うようにコートから背を向けていた。なぜかそれが無性にイライラして、俺は久我を呼び止めていた。


悪い空気
(どうにかしたかったのが本当のところ)


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