一片の | ナノ


とりあえず昨日は相川先輩が退部予定である事を確認してから「代わりを頼める奴を探した」と言ってくれたらしい。そして、今日。私を早く部に慣れさせるように仕事を教えてくれるらしい。

「ほかのクラスの男子なんか特に面識ないんだけど」
「呼びかける時なんか、ねえ、でいいだろ。大丈夫、心配すんなってこれから覚えればいいんだって」

宍戸はホームルームが終わると同時に「行くぜ」と言って教室から早々に出て行った。私もその後を追う。
景吾はどんな顔をするだろう。むしろこっちが全然何も無いように振舞えば合わせてくれるだろうか。考えても始まらないとわかっていても、私はテニス部に着くまで色々考えていた。

「ちょっと待ってろ」

部室に入って行った宍戸は暫くしてから、三年生を連れて来た。でもその中には景吾もいて私はなるべく視界に入れないようにした。

「二年の南条燈子です。よろしくお願いします」

髪、切ったんだな。ぼそりとつぶやかれた言葉が、妙に私の中で響いた。三年生が「よろしくー」と言うのに混ざって、ハッキリと。言った本人にそのつもりはなかったようだけど。私はどうしても意識してしまう。
そうだよ、私はあれから髪だって切った。友達だって増えた。だって、そうでしょう?あれから半年は経ったんだよ。

「新しいマネージャーってこの子?」

この場には珍しい女の人の声がして、そちらに視線を移せば、三年生と思しき人が立っていた。

「三年の相川です。教えられる事は今のうちに、ね」

そういって相川先輩は私を連れて部室内に入った。
部長を中心に今日のメニューを発表している間、私は相川先輩に教えをうけていた。パソコンに入っているデータの管理の仕方、ドリンクの作り方、買ってくるタイミング、データ収集の記入の仕方、経費について、差し入れはどんなものが良いか、等々。世間にも通ずるものがあるので、これは社会勉強にもなると感じながら教えてもらいつつ、メモをとる。

「大体、こんなものかな。わからなかったら榊先生とか部長に聞くといいよ」
「ありがとうございます。」
「いーの、いーの、これくらい。精神面をサポート出来なくなる分、かわいい後輩に教えなきゃなんないしね」
「大変ですね」
「…でも楽しいよ。つらいし、悲しいこともあるけど、楽しいからね。」

ふーん、と興味無さげに言うと相川先輩は「もー、わかってないでしょ」と頬をふくらませた。
宍戸たちが惜しがってたのもわかる。この人はやさしいし明るい。気配りも上手くて、少し、うらやましい。

「特に跡部くんなんかは支えなきゃ、さ」
「何でですか?」
「だってあの人、入学式のときに”今日から俺様がキングだ!!”とか言って、この部活を背負おうとしたんだもの。一人で出来ることなんてたかが知れてる。だから、プレイヤーとしての彼を、部をまとめあげようとする彼を私達が支えてあげなきゃいけなかった」
「…そうですか」
「変な事言っちゃったね。忘れて。」

はい、とは言ったものの忘れられるはずもなかった。景吾はすごい人だけど、支えられなくちゃ続かない。それを、わかっていて、且つ、実行してくれるというのは、彼にとって最大の武器であり、カリスマ性があるからこそ為し得ることだった。
わたしはそれを知らなかった。
知らなかったから、彼が変わったように見えてまるで私だけみんなの後ろにいて立ち止っているみたいだった。
そんな、馬鹿なこと。あるはず、ない。
結局物事に見えないところがあることを知らずにいただけ、なのに。何、この虚しさ。

「どうしたの?疲れちゃった?」
「いえ、ごめんなさい。何でもないです」

相川先輩はそれからドリンク作ろっか、と言って私に氷を持ってくるように言った。冷凍室には氷の袋があり、それをはさみであけてから机の上に置くと、相川先輩が取りだしたペットボトルにラベルがついていないのを見つけた。

「最後くらい、ちゃんとスポーツドリンク作ろうと思って、家で作ったの。水を入れて、はちみつ大さじ4、レモン汁大さじ2、塩小さじ1で1リットルになるように水を入れれば、出来るから。」
「私も、研究してみます」

一生懸命な相川先輩のあとを継ぐなら文句言われないくらいになってみようかな。どうせなら私が皆より半歩でも先に行ってやる。

いつか誰かに引っぱられるような私じゃなくて、もっと先に。



アウト オブ エデン より
(誰も知らない私になりたい)




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