一片の | ナノ


入学早々から名を知らない生徒がいないと言われるほどに名を知らしめていた景吾。私が入学してから景吾について知ったことはいろいろあった。まず、絶大な人気を誇ること。そして彼にはファンクラブがあり、女子からの確固たる人気を得ていること。無断で近付く者は容赦なく邪魔されること。景吾が気に入ってからは誰も手だしできないこと。等々。
私が狙われなかった理由にも父親同士が親友で特別な関係だからというのが入っていたらしい。

正直、イライラしていた。
きっとそれは景吾にはもちろん相談すらしていない。それなのに女同士で揉めて決めたことが、景吾の自由を奪うなんて。
でも、もう…どうでも良かった。
景吾の話はすべて過去。景吾と彩子がくっつけばそれでいい。
二人が幸せそうにしているのを考えると幸せな気分になる筈なのに、それを考えると胸がいたい。

なんで、かな。




次の朝、早くに彩子は来なかった。成功か失敗かなんてまだ聞いてない。もし成功したとして、メールしたら邪魔しちゃ悪いし。失敗したとしても私が慰められるのかわからない。

一人の教室は嫌に白かった。黒板てあんなに小さかったっけとか、後ろの壁はもっと前のほうになかったっけとか、机の脚はこんな形だったっけとか私が思っていたよりも世界は違う風に見えていく。
しばらくして何人か生徒が来た。その中には彩子と仲良くしていて、私とも何回か話したことのある子達がいた。三限の英語の宿題がわからないと話しているのを聞いて、私は初めて彩子以外のクラスの子に自分から話しかけた。

「私でよければ、教えてあげるよ?」

唐突に話し掛けられてビックリしたらしく、「燈子#ちゃんか」と一人が声を漏らした。

「いいの?」
「うん。私に出来る事ってこれくらいだと思うし、もっとクラスに馴染みたいから」

じゃあ、お願い。と言われて嬉しかった。先生よりもわかりやすいね、と言われて照れた。ありがとうを素直に受け止められた。
もう十月になる。私がクラスに馴染み始めたのを初めて実感出来たのはこれが初めてだった。

SHRのチャイムが鳴り席に着くと、私は始めて彩子が来ている事に気がついた。こころなしか嬉しそうで、ああ成功したのかな、良かったなんて考える。その考えの奥で誰かが心臓を掴んでいるような感覚がする。なんで、苦しいんだろう。
連絡事項やら担任の長い話が終わり、間延びした号令がかかる。きりーつ、れー。鞄の中から地理の教科書を出そうとして椅子に座ると、真っ先に彩子が走ってきた。

「あのね、付き合う事になりました!」

満面の笑みを浮かべる彼女を見ていたくなくて、少し視線をずらす。例えば、彼女の後ろの黒板に。

「燈子には悪いんだけど、今日から景ちゃんと登下校するから。ごめんね!」
「ううん、いいよ。おめでとう」
「ありがとう!燈子のおかげだよ!」

私はなにもしてないよ。と言いたいけれどそんなことを言える程神経が図太いわけでもなく。
じゃあね、と踵をかえした彩子の背中を見てひっそりと気がついたのは。



「(ああ。私、景吾のこと……)」




今更、遅いなんてわかってる
(やっぱり張り裂けそうに胸が痛い)


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