一片の | ナノ


「ううん、兄妹みたいなものだから…好きとかじゃ、ないよ」

例えば、本当の事を言ったとしてこんなに胸が苦しくなるものだろうか?
答えも苦しくなる原因もわからない。私は上手く笑えているかもわからない。しかし、安堵の表情をみせた彩子に私の苦しみも和らいだ気がした。

「よかった!正直、燈子が跡部くんの事好きだったら私どうしようかと思ってて!」

私の傍からふたりが離れたら、私の居場所は何処にいくんだろう。消えてしまう?でも本当は景吾のところに私の居場所はないはずで。そうなったら、私自身が両親と暮らすのが一番の解決策なんじゃないだろうか。

「平気だよ、景吾は本当にお兄ちゃんみたいな存在だし」

また、ズキズキと胸が痛む。

「ごめん、彩子。ちょっと頭痛くなってきちゃったから先に帰るね」

唐突に立ち上がった私を見て目を丸くする彩子。申し訳ないとは思いつつもこれ以上話を聞く方が辛かった。

「え、大丈夫?」
「うん、迎えにきて貰うから。じゃあね」

後ろから「気をつけてね」と言う声も胸を締め付けた。
ふらふら。しばらく歩いて住宅街まで行き、携帯の残り少ない電池を使ってお母さんに電話を掛けた。

「お母さん?あのね、本家から離れて私達だけで住むってできないかな?……うん、……うん。もう御祖母様と話す事はないから…。……うん、ごめんね。それじゃ。」

携帯は通話を終えるとすぐに電池が無くなった。もうお迎えの車を走らせる事もできないし、なにより一人になりたくて、私は歩いて景吾の家まで戻った。



景吾はもう部活を終えて帰ってきていた。私が玄関をくぐると、帰宅に気がついた景吾が階段を駆け降りて私のもとに来た。

「おい、どこ行ってたんだ。帰る時くらい連絡しろ」
「ごめん。携帯の電池切らしちゃってて、帰るって電話できなかったの」

それでも納得いかなくて不満なのか景吾は眉間に皺を寄せたまま。だったらよかったのに景吾はそれ以上を話し掛けてきた。

「何か悩んでるのか」

確信を持ったような言い方で、私は心の臓が跳ね上がった気がした。

「ごめん、景吾。一人にさせて」

やっぱり謝る度に景吾は笑顔から遠い表情を作っていく。私はそれを見たくなくて、本当に一人になりたくて、部屋に走って逃げ込んだ。



着替えもそこそこにキャミソールとショートパンツでベッドに寝転がる。私の居場所がなくなるというなら、他に居場所を作らなくては。もっと友達を作って二人から距離を置かないと、私が邪魔になってしまう。
知らぬ間に涙が頬を濡らしていた。寂しいんだろうな、私。誰にも相談なんかできない。お母さんに長電話したらお祖母さんが嫌な思いをして、お母さんまで嫌われてしまうだろうから。

「燈子」

ドアのノックが部屋に響いた。涙を急いで拭ってから本を取り、いかにも本を読んでいましたというように装った。

「どうぞ」
「………。」

ドアを開けて入ってきたと思ったら、景吾はドアのノブを掴んだまま呆然と立ち尽くしている。

「けい、ご…?」
「やっぱ燈子、お前。何か悩んでんじゃねえのか?」
「そんなことないよ」
「本、逆さまだぜ」

手元を見てみると確かに文字が逆立ちしていた。どうしようもなく、本を閉じてベッドの上に置いた。

「悩んでるなら、相談しろよ。俺はそんなに頼りないのか?」
「頼れるから、頼りたくないの」
「一人で解決しようとすんじゃねえって言った筈だがな」

景吾はそう言って、息を吐いて私の横…私のベッドに腰かけた。それから私の方を向く。あれ、ちょっと。これ、すごく近くない…?

「惚れた女が悩んでんのに放っておく男がいるかよ」

惚れた、おんな…?
放っておかない、おとこ…?
突然…なんなの…?

「好きだ、燈子」


神様なんて信じてないけれど
(居るなら、神様っていじわるだ)


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