一片の | ナノ


御祖母様と会わなくて良くなって私の生活は幾分か楽になった。ちゃんと学校には通っていたし、親に見せるプリントは自宅のポストに入れてもらうように景吾が手配してくれた。
景吾の家は城のようだと思う。そこかしこに赤いカーペットが敷かれ、金や銀の装飾に、白い彫刻がずらり。汚さないよう壊さないよう、常に真ん中を歩いたり極力最短ルートを通るようにしている。慣れないながらもそれなりに生活できているし、なにより私の口はもとより心から不平不満は零れない。私は、ここで満足に生活できている。


景吾の部活がある日は先に迎えの車が来て、広い車内で運転手さんと二人で帰る。家に帰ってからはやはりご両親も忙しいみたいでお手伝いさん達と私だけになる。やることがなく、景吾が帰るまでは読書をするか若しくは寝るかしかない。あとは携帯を弄るくらいか。

学校では、明るく振る舞おうと決めて、積極的にクラスメートに話し掛けてみると友達が何人か出来た。既に本家から持ってきてもらってあった携帯でメアド交換をしたり、帰りに雑貨屋に寄ったりして普通の生活を過ごせていた。
一番親しいのは阪口彩子という明るい女の子。ハキハキとしていてクラスのムードメーカーと呼ばれる人の部類に入るような友達だった。

「でさ、結構周りに緑があるから部屋に蛾が入っちゃてねー」

「うわぁー…!私なら国語の教科書で叩き潰しちゃうな」

「あはは、本当に燈子は国語嫌いだよね」

私に、たわいのない話を軽く出来るような一番必要だった人が出来て生活は前より充実している。






「燈子、今日カフェにでも寄らない?」
「あ、うん。いいよ」

彩子に誘われたため、運転手さんに電話で「今日は遊んで帰るから迎えは大丈夫です」とあらかじめ言っておいた。
カフェに着いて、コーヒーとケーキをそれぞれ頼んでから席に着くとまた他愛もない話が始まる。
と思ったのだけれど、今日は話が違うみたい。

「燈子は好きな人とか、いる?」
「え?いや、私なんかやっと彩子と仲良くなれたばっかりだし…そういうのは…まだかな。」
「そうだよね。燈子はそうだもんね」
「どうしたの?突然。あ、まさか…」

彩子には、いるんだ。
そう確信してから少し寂しくなった。彩子の恋が叶うのは嬉しいけど、彩子と居られる時間は確実に減ってしまうとわかったから。

「絶対内緒だよ!」

それでも頬を赤らめて言う彼女を憎めなくて、応援してあげようと心に決めた。

「彩子、可愛いから絶対両想いになれるよ!私も協力するし!……で、相手は?」

「本当、内緒だからね……跡部くんが好きなの」

頭を殴られたような衝撃を感じて、一瞬フリーズした頭を急いで稼動させる。驚いて見せたものの、私は動揺していた。
あとべ、跡部……跡部、けい、ご。

彩子が景吾を、好き。

「#澄子#って跡部くんと仲良いって聞いたから、ちょっと心配だったの。#澄子#、跡部くんの事、好き?」

私は景吾を、好きなのだろうか?



板挟みの彼女がそう言ったの
(幸せを壊す勇気はない)


- ナノ -