一片の | ナノ


足が、痛かった。
流れていく景色はとても現実的で辛かった。きっと皮が剥けていても、足を動かさずにはいられなかった。筋肉痛を訴える足に力は入らない。感覚さえも、もう忘れた。


「…っひ…ぅ……くっ!」

泣き腫らした挙げ句、声が上手く出ない。自分でも喉が荒れているのが分かって気持ち悪くなった。
どれだけ走り続けたのだろう。夜でも分かるどんよりとした空は雨が降りそうだったが、完全に降る気配はない。身も心も自らぼろぼろにした私にはお似合いの空だった。涼しくなってきた気候に対してキャミソールなんか着て来てしまった事に、後悔と葛藤が生まれる。
走る事に疲れて大通りにも関わらず、ベンチに座り込んだ。そして5分も経たないうちにプライドを捨てて仰向けに寝転ぶ。


「…帰れない、なあ」


いつもは来るナンパも、みすぼらしい格好をした今の私には寄りもしない。大通りの雑踏がさして気にならなくなってから、これからどうするか考えていた。
あんな家になんか、やっぱり帰りたくない。
事の発端はきっと夏休みに遡る。叔父さんが亡くなった為に家業を継ぐべくして私達一家はドイツから日本に帰って来た。5歳の頃からドイツに住んでいたので日本は私にとって憧れの地だった。最初は期待を込めていたものの蒸し暑さに完敗。それと、もうひとつ嫌な事があった。


「また、燈子?あんな礼儀の欠片もない人間は家に入れないで下さいな」


御祖母様が、規律に縛られすぎているのだ。私は外国育ちで日本の常識なんかこれっぽっちもわかりやしないのに。いきなり礼儀正しくしろと言われたら怒るのも当然な筈。


「あなたにこの家は継がせませんよ。他に子供がいればそっちに継がせられたっていうのに」


毎日のように浴びせ掛けられる罵声、愚痴、厭味を聞くうちに私にはどうしようもない御祖母様への憎しみが積もっていった。
それがとうとう二週間目にしてやっと爆発してくれたのだった。


「あんなモノ、うちに上げるなと言ったはずですが?なぜここにいるのですか?」

「子供をモノ扱いするのが日本の常識なわけ?私だってこんな腐れ人間知らないわよ。ほんと、あんたと血が繋がってるって思うだけでも自殺したくなるわね!先が長くないならさっさとくたばればいいじゃない!」


建前上でも御祖母様に暴言を吐かなかった私が面と向かって暴言を吐いたことに、祖母だけでなく両親も驚きを隠し切れていなかった。着の身着のまま逃げるようにして家を飛び出した結果がこれ。


「今更帰っても馬鹿にされるだけか」


解りきった事実を自分で言うと、障害物もないのに重く跳ね返ってくるような気分だった。



ロンリーガールはいつまでも
(家出した孤独少女)


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