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わぁあああ…!とその場にいた全員から歓声があがる。大きいテレビにはGOAL!という英語と2-0という数字、それから青いユニフォームを着た選手らが抱き合う姿。

「アディショナルタイムももうあと2分や!」
「いったれー!」

大人も子供も関係なく、テレビの向こう側にいる選手らを応援する。もちろん、礼華も全力で、だ。サッカー、ワールドカップ3位決定戦。日本勢がここまで来れたのは奇跡に近い。
ピーッピーッピーーーッ!と三回、笛を鳴らす主審。試合終了の合図と共に観客席もテレビの前の皆も再び歓声をあげた。

「勝ったあああああ!」
「3位やで!3位!」
「とうとう日本も本気出し始めたなぁ!」
「よっしゃ、もいっちょ飲むか!」
「おう!」

礼華の父と、謙也の父は新しいビールを持ってくるよう母に頼んだ。そのときに母は礼華たちにお風呂に入って寝るように促した。
礼華と謙也には、両方弟がいる。弟たちは謙也に任せて、先に礼華だけお風呂に入ることにした。

謙也んちはさすが医者といった感じで、普通の家庭とは規模が少し違う。謙也んちの浴槽は礼華の家よりも少し、ゆったりとして大きい。先に身体を洗い、頭を洗ってから顔を洗う。そして湯舟に浸かると先程の感動の為かまだ顔に喜びが滲んでいた。

謙也の家でワールドカップを見るのが親同士4年毎にやっていた行事らしく、礼華は物心ついた時から謙也の家の大きなテレビでサッカーを見るのが当たり前だった。
それが今年は日本が3位を!興奮しない筈がなかった。選手が世界的にも認められているような気分で、胸が高鳴る。今頃、道頓堀は大変だろうな。

あまり長く浸かっていると後がつっかえると思い、礼華は早々に風呂からあがることにした。
謙也と弟たちに風呂を譲り、謙也と弟たちの部屋に布団を敷くため二階へあがる。布団を敷き終わる頃にはもう弟たち共々風呂から上がっていて、礼華は弟たちに「もう寝な」と、布団の敷いてある弟たちの部屋に押し込んだ。

「はぁー…!すごかったな今年のW杯!」
「な!でもけんけんは中学でテニス部やっとるんやろ?」
「サッカーも好きやで!まぁ…うまくはあらへんけどな。あ、せや」
「何?」
「テニス部の奴、めっちゃうまいのが一人おんねん!白石って奴や。あ、ケータイで写真撮らせてもろたんやけど」

これや、と画面を向けられてみればそこに映っているのはかなり綺麗な人で。これで運動ができたら同年代にはさぞかしモテるだろうと礼華は感じた。

「ふーん。そんな上手いんか…。この人より強なったら凉ちゃんも謙也に惚れるんと違うん?」

凉、というのは数年前にこちらへ引っ越してきた礼華の一つ下の女の子で、謙也が彼女に惚れていることも、彼女が謙也を好きでいることも知っている。だから人一倍もやもやするのが彼女なのだが、二人はいつまでたってもくっつく気配を見せない。その一つの理由が……

「なっ…凉は関係あらへんやろっ!」

謙也がこんな凉の名前を出しただけで赤面するようなヘタレだからであり、凉が臆病だから。そのことに首を突っ込むと凉は「私なんかが…」と謙遜したり「いいんですよ」と言ったりする。いいわけあるか!と叱咤したい気持ちをいつもこらえる分、こうして謙也弄りをしてしまう。

「人がせっかく背中押してやろー思てんのにそんな言い方ないわ!」

礼華は、それをにやにやしながら言うものだから本気で怒っていないのだと鈍い謙也でもわかる。そしておまけと言わんばかりに礼華は謙也の顔面に枕をぶつけてきた。

「へー…。そういうことならはじめからまくら投げ宣言すればええやろっ!」
「うち、か弱い女の子やもーん。男子に勝てるわけないやろっ!」
「ぶふっ!お前の投げる枕痛いんやけど!男子のよりも痛いで!」
「修行が足りんのとちゃいますー?とりゃっ!」



今はまだ、
(当然だけど何も知らない)


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