一片の | ナノ




お父さんがよく弟と一緒にテニスコートに連れてってくれたからテニスは全く未経験というわけではなかった。ただお遊びでやっていたので、謙也と白石さんと戦っても勝てるはずがないのは重々承知だった。それでも良い。彼と接点ができればなんだって。

「礼華先輩?」

隣にいた凉ちゃんが不思議そうにこちらを見た。今、どないな顔しとんのやろ。今のうちは、白石さんのことを勢いが余ってしまいそうな程、好きなのだ。抑えられるかどうかわからない。会って緊張して挙動不審になるのは嫌だけれど、好きが溢れておかしくなりそうだった。無口なままのうちを見て、凉ちゃんはわかったのか優しく笑んだ。

「私も、そうですから」

表情に出ていたのだろうか。恥ずかしい。けれど見透かされた恥ずかしさより疑問が先に湧いた。ずっとこの爆弾みたいな感情を抱えて凉ちゃんは今まで平然としてこれたのはなんでだろうか。うちには、無理だ。

「行こか。うじうじするのは性にあわへん」
「そうですね」

車の後部座席に乗っていた弟のラケットを凉ちゃんに渡す。クルッとグリップを握って一回転させた凉ちゃんはどこかうれしそうだった。
自転車 にまたがって事前に教わったテニスコートへ向かう。市営のテニスコートだそうで、割り勘で白石さんと謙也が予約したらしい。安いわけではないだろうにといってみたものの、「払わせられる訳ないやろ」と白石さんに言われたのでおとなしく引き下がった次第である。そのコートに向かうと、シニアの趣味でやっているような人々が多くて同じ年代の人はあまりいなかった。その中で目を引いたのが、先にコートに入って打ち合っている四天のジャージを着た二人。

「かっこいいですね、」

冷やかすようにではなく、本当にそう思って言ったのだろう。少し妬いた。妬いてから、凉ちゃんは謙也の事を言っているのだと気がついて、自分が恥ずかしくなった。
ある程度キリがついたところで、コートに立っている二人はラリーをやめた。

「すみません、遅くなって」
「いや、遠かったやろ?スマンな」
「いやお金まで払ってもろてるんやし…そんなわがまま言えんわ」

ラケットを取り出して握ると握り方から説明してくれた。まずは準備運動な、と自分らもラケットをおいて四人で円形になって準備運動をする。白石さん曰く、準備運動を入念にしないとアキレス腱を切りやすいんだそうだ。それが終わったらまた握り方を確認しつつ、素振りをした。素振りから始めるとか本格的やな。いや、テニス部やったら当たり前か。

「んー、まずは軽く打ってみよか」

シングルだと走って疲れてしまうだろうということでダブルスの形態をとって軽い打ち合いを始めた。うちと白石さん、凉ちゃんと謙也でネットを挟んでコートに立つ。白石さんの打つ姿が間近で見れるんや…!と感激していたら、顔がちょっとニヤけていたらしく凉ちゃんに小声で指摘された。
テニス自体はお遊びとはいえ、やった事はあるからノーコンと言うわけではない。どうやらそれは凉ちゃんも同じらしかった。

「結構打てるんやな」
「まだ父がいた頃、ちょくちょく打ってたりしましたから」
「ほならうちと同じやね」

何度かラリーが続いて、「基礎は結構出来てるやん」とお褒めの言葉をいただいた。今度は二人による様々な打ち方の講座が始まる。

「ボレーはラケットを引いたらあかん。あと踏み込みも大事やで。ラケットはしっかり持ってな」

こうや、と見本を見せてくれるけどぶっちゃけ言うとようわからん。やってみ、と言われて反対側のコートにいる謙也がボールを出してくれるけど、普通に打ち返してまう。

「も少しこう、して。ラケットはこう、な」

私の背中とラケットを握る手に白石さんが手を重ねて、思わずぴくりと反応してしまった。白石さんは気付いていないのか気に留めていないのか何も言わなかったけれど、私は少しだけ赤面してしまう。だって不意打ちは反則やろ…!

「もっかい打ってみ」

ちょっとぶっきらぼう気味に白石さんが謙也に促し、反対側からボールが出された。
今度こそは、とラケットを当てに行けばなかなかいい感触がした。

「良おなったやん」

ニコッと笑う白石さんはやっぱりカッコよ過ぎて、うちには毒や。毒やけど、どちらかと言えば麻薬やな。……なんてな。ちょっと今のはクサかったわ。
今日のうち、おかしくなりそうじゃなくて既におかしい気がする。
教わってる間も余計な事しか頭になくて、たまに休憩するか?とか言われたけど、なんとか教わった打ち方のは出来るようになった。白石さんの教え方が上手いのもあるし、何事も基本を大事にしてるのが大きいと思う。

「打ち合いしてみよか!」

凉ちゃんを教えていた謙也も、その隣にいた凉ちゃんも白石さんの提案に了承して、ダブルスの位置についた。ボールは謙也から。流石に本気で打つのもどうかと思ったのかサーブに力はなかった。なめとんのか。
それを思い切り打ち返すと、凉ちゃんがギリギリアウトにならないところに打ってきた。
それを追い掛けて打とうとすると、痛みと共にいきなり視界が揺れた。
足を、くじいた。ぐきって言うた!ぐきって!

「〜〜ッ!!!」
「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

せやけどなんもないふりせんといかん気がして、とっさに大丈夫やから!と言って立ち上がり構えようとすると、すぐに険しい顔をして白石さんがうちのもとへ来た。そして、うちの前にしゃがみこんだと思ったらあろうことかグッと力をいれて今さっき捻った足首を掴まれた。

「いっ、ぁ…!」

言葉にならない痛みに悶絶するも、白石さんは眉間にシワを寄せたままうちに言う。

「痛いやろ」

痛いに決まっとるわボケェと心の中で悪態をつくうちと、近い近い近い!とこんな状況でもドキドキするうちが混在している。そのなかに「痛いやろ?」やのうて「痛いやろ」と怒ったように言う白石さんが少しだけ怖いと感じるうちもいた。

「暗くなって来たし今日はこれで終わりな。礼華、そら処置せんと腫れが酷なる。おぶったるから俺の家寄って帰り」

「はい」か「イエス」しか言わせないようなその物言いにうちはただただ首を縦に振るだけだった。なんやろ、怖いとは違う。なんで怒ってるのかがわからなくて不安なのかもしれない。嫌われるのが、怖い。

「ごめんなさい」

謝ってみても、白石さんの眉間から皺が消える事はなかった。



背負われた帰り道
(不安と昂揚の交錯)







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