一片の | ナノ


学校から家に帰るとお母さんが電話の子機を持っていた。「謙也くんから」とだけ言ったので、ランドセルをソファにおいて子機を受け取った。謙也と話すのは2週間ぶりだった。

「久々やね。」

別にこの前の事を引きずっているわけでもないのに声のトーンは自然と低いまま口から吐き出された。

「せやな」

私の声が不機嫌のようだと思われたのだろうか。けんけんの相槌から次の言葉までは少しの間があった。

「この前はほんまにすまんかったな」

何を言い出すかと思えば。やっぱり謙也は謙也のままだった。ヘタレで。人の顔を伺いながら。鈍感で。たまに自信満々に言って、はずしたりして。
態度を変えないでいてくれる事も良い友達である事も謙也の魅力の一つだと思う。でもデリカシーはないし、いかんせんヘタレやから。男として見ろって言われれば無理。とか言ったら凉ちゃんに怒られそうやけど。でも良い奴ってのはちゃんと知ってる。

「まだ言うてるん?もうええよ。どう考えてもうちが悪いんやし。…で、どないしたん?」
「あ、いや、白石と話しててな。バスケしよかって話になってな。空いとる日とか…」
「何、気ぃ使てるん?」
「そういうんやないけど…」
「ええとこあるんやなー、謙也くん。その気遣いに免じて凉ちゃんも誘っといたるわー」
「ばっ!なんで凉が出てくんねん!今度の28日やけど空いてるか!?」
「あはは!空いてる空いてる!」
「くっそ、笑うなや!放課後に第二公園やからな!」
「あっははは!はいはい、じゃまたねー」

通話を切って子機を台に戻すと、お母さんが「仲良いわねー」と言った。「幼なじみやし!」と返してランドセルを部屋に置きに行った。あんまりけんけんも落ち込んでないみたいやったから、少し安心した。元から心配なんてしてないけど。28日に遊ぶって言っとったっけ。凉ちゃんにも言っとかな。

「お母さん、ちょっと凉ちゃんとこ行ってくるわ」
「遅ならんようにね」
「はーい」

思いたったらすぐ行動。多分今日は凉ちゃんは家におるはず、と思い自転車にまたがる。凉ちゃんの家はうちからけんけん家に行くよりも、凉ちゃん家からけんけん家に行くほうが早いところにある。けど、凉ちゃんは病院に行くとき以外……主に遊びに行く時は絶対にうちの家に来てからけんけん家にいく。習慣、みたいなものだった。
凉ちゃん家は一軒家だけど、凉ちゃんとお母さんの二人しかいないから普通より小さめだ。小さいほうがかわええと思う。凉ちゃんも、お母さんが目の届く範囲にいないともしもの場合があると困るからと言って小さいほうがいいと言っていた。
その凉ちゃん家の前に自転車を停めて、インターホンを鳴らす。しばらくして凉ちゃんの声が機械を通して聞こえた。

「はい」
「久我ですー」
「あ、先輩!ちょっと待っててください」

廊下をたたたた、と走る音がしてドアが開く。学校で見かけた姿のまま凉ちゃんが出てきた。

「丁度お隣りさんがお土産くれたんです。どうぞ上がっていってください」
「要件伝えに来ただけやし、気使わんでええよ」
「沢山あるので二人じゃ食べ切れないんですよ」
「…なら…お言葉に甘えて。」

「おじゃまします」と玄関に入れば、リビングにいたのであろう凉ちゃんのお母さんがパソコンを持ってリビングから出てきた。あ…お邪魔しちゃった…かな。

「こんにちは。お邪魔します」
「あ、礼華ちゃん。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」

凉ちゃんのお母さんはデザイナーとなんちゃらのプランニングがどうの…という仕事をしているらしく、会社には行かないもののなかなか多忙な人だと凉ちゃんが言っていた。いわゆる仕事の掛け持ち、というもので病気を抱えながらやるのは辛そうだった。でも凉ちゃんから話を聞く限り仕事は楽しいらしく、たびたび見かけたり話をしていても元気そうに見えた。

「お母さんのことは大丈夫ですよ。最近は調子が良いみたいなので」

そういって笑う凉ちゃんは安心しているように見えた。だいぶ普通の女の子のように「子供らしさ」を感じられるようになった気がする。

「それで、今日はどうしたんです?」

凉ちゃんは台所に立ち、紅茶とお菓子を用意する。うちはダイニングのテーブルについてそれを眺めた。

「28日に白石さんも含めて4人でバスケしよかーってけんけんに言われてな。空いとる?」
「28日…あ、大丈夫です。空いてますよ。」
「第二公園に集合やて。まぁ用事って言うてもそれだけなんやけど」
「了解です、まぁゆっくりくつろいでいってください」

煎れ終えた紅茶と隣人から貰ったというお菓子を持って、凉ちゃんもダイニングテーブルについた。

「ありがとさん。いただきます」
「あ、そうだ。礼華先輩、謙也先輩と喧嘩したんですってね」

その言葉を聞いて、思わず紅茶が気管に入り、噎せてしまう。うわ、鼻のほうにもいった。痛い。

「ゴホッゴホッ…なっなんで知ってるん!」
「謙也先輩とこの前会った時に、謙也先輩が言ってました。"理不尽な気もしたけど、ちょっとやりすぎた"ですって」
「もうその話はええの!終わってちゃんと謝ったし…」

凉ちゃんは一口紅茶を啜って険しい顔をした。

「私が言いたいのはそこじゃないことくらいわかってるんでしょう?」
「え……あ、いや……まぁ…」
「かわいい服を着てきたくらいでからかった謙也先輩も謙也先輩ですが。私達これでも応援してるんですから!」

そしてにこり、と笑みを浮かべて凉ちゃんは言い放った。

「頑張ってくださいね!」


えっ、あ…はい。
(そろそろ認めましょう)


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