「俺は…何?」
明るめの、女の人の声。聞き覚えがある、けれどあの聞きなれた声より幾分か弾んだ…いつも焦がれていた声。でも、あるはずない。
そんな。だって。
「知香子ちゃん…」
彼女は死んだはずだ。
Last Night,and Twilight.
「ありがとう、精一くん。ごめんね?」
長い髪が最初のあったあの日と同じように綺麗に靡く。入院中一度たりとも見せなかった心からの笑顔は、想像以上に綺麗で。
俺は思わず走り出したその勢いのまま、俺より小柄な知香子ちゃんを抱きしめていた。
「良かっ…た…!!俺、知香子ちゃんが、死んだって聞いたとき…俺も、しんじゃおうかって…思ったんだ、よ……!!」
「ごめん。」
「…謝らないで、くれ…。本当は、俺のためだって、わかってた…。」
ふふ、と知香子ちゃんが笑うのがわかる。ああ、生きている、人の感覚だ。どうしよう、嬉しすぎて、苦しい。
「幸村。行ってくるといい」
「ありがとう、真田」
真田が、俺を促す。部員たちは全員暖かな笑みをそれぞれの顔に湛えていた。腕の中から解放した知香子ちゃんを連れて、さっきまで俺が戦っていた黄昏に染まるコートを二人で見ていた。
「手術、成功してたんだね」
「そう。精一くんがナースコールしてくれなかったら、本当…死んでたかも。」
「俺がナースコールしたって知ってたんだ?」
「精一くんの声、聞こえたもの。…ありがとう。感謝しきれない」
「もう、いいよ。御礼は」
「え?」
「居てくれるだけでいいから」
目元がジワリと熱を帯びる。けど、俺はまだ、伝えてないことがあるから泣けない。
しばらくしてぬるい風が俺たちの頬を撫でたとき、俺はまた口を開いた。
「そういえば…約束したよね、ケーキ」
「うん。二人で焼こうか」
「そうだね、そっちの方が楽しいと思うよ。……ねぇ。」
「…何?」
聞き返してきた知香子ちゃんの声はひどく優しくて。俺の胸が暖かくなる。今なら、何もつっかえず…緊張さえしないでありのままで言えると思うんだ。だから、聞いて欲しい。
「これからも、さ。一緒にいてくれる?」
「奇遇ね。私も同じこと考えてた」
「……好きだ。俺、知香子ちゃんのことが、好き。」
彼女の目を見つめながら言うと、彼女は「そっか」と優しく笑った。
「これが、好きって感情なんだね」
Last Night,and Twilight.
(昨日までの夜も、昨日までの黄昏も。
今日のものに比べればひどくつまらないものだったのです。)