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陸上部の名前と一年の財前が付き合っているというのは一部の情報通が最近押さえたニュースだった。新聞部というのはそういったどうでもいいことをつらつらと記事にして書き並べていた。財前が部の後輩にあたる白石も、からかい半分ではあるものの、あまりいい気分だとは思わずにいた。隠したがっている人の恋愛事情なんて他人が首を突っ込むものではない。名前と財前が、教室で会っているところも、廊下で話しているところも、誰も見たことがなかった。しかしその情報量の少なさがスクープの大きさを表しているらしかった。部員がきゃっきゃ言いながら記事を書きはじめ、それを尻目に見ながらイライラしている白石に構わずインタビューだとか言いはじめた。

「財前くんが付き合うてたん、白石くんは知ってたん?」
「いや、まぁ…初耳やけど…」
「部長としてどう思ってはるんですか!?」
「…あんまり…触らんといてやってや?」

段々と気分も良くなくなって、白石は理由をつけて早めに帰る事にした。

財前の変化に気が付かないわけではなかった。最近調子が良いみたいだったし、イライラしている様子を見ることも少なくなって、なにかあったんやろな…と思う程度だった。名前の方を白石はあまり知らなかったが、陸上部のエースということで知名度は高かったし、何回か話す機会はあった。陸上部なのに色は白く、背も高くはない。可愛らしい容姿に比べ中身は割と落ち着いていた気がする。そのあたりについては財前の方が詳しいのだろうが、付き合っている事すら教えなかったのだから聞いても無駄だろう。話したくないのなら触れないほうが良いだろうと白石は思っていた。

春が近づいているとは言え、まだ冬の寒さが身を掠める。マフラーをしている女子も未だにいる。
校門を出たところで赤いマフラーを巻いた見覚えのある女子を見つけた。さっき話題に上っていた名前だった。

「名字さん、」

白石は思わず、というか、何となく声をかけた。名前が振り向くと、背中まで垂れている髪と一緒に赤のマフラーが舞う。

「あれ…白石くん?珍しいね、声かけてくるの」
「あー、さっきまで名字さんの話しとってな」
「私の?」

不思議そうに首を傾げるとマフラーが肩から下りて、慌ててそれをなおす一連の動作は確かに可愛らしいと白石も思った。

「財前と付き合うてるって話。俺は触らんといてやってや、て言うたんやけど、新聞部の奴らがスクープにしとってな」

白石はそれをなるべく早口で言った。名前は「そっか。ありがとね、わざわざ。」と言って取り乱すこともなく答えた。

それから二人は、少し談笑をして別れた。

次の日、財前の様子が少し変だ、と他の部員も白石も思っていた。ミスが多い。人の話を聞き逃している。
意外と態度に出る奴なんやな。白石は内心で思った。原因はやはりあの新聞のことでなにかあったのだろうか。まだ新聞の発行はされていないけれど。名字さんに言わないほうがよかっただろうか。
白石も今日はあまり調子が良くはなかった。


「(俺の事、嫌いなんやろか)」

財前は部活が終わってもずっとその調子だった。昨日、メールで名前から「しばらく人目につかないようにしよう」と提案されて、一緒に帰る予定もキャンセルされた。胸のあたりがだるい。喉がつまるようで、気持ちがわるい。呼吸も鼓動も早くなって、口の中が渇いているような。落ち着かない気持ちのまま帰路についた。
もやもやしたまま足だけを無心で動かす。気がつくと、名前を送って帰る道を選んで選んで歩いていた。
踵を帰して家に直帰する道を行こうとして、視界の端に赤いマフラーを見た。
公園のアスレチックの頂上に、名前がいた。

「(行ってええんやろか)」

財前が迷っているうちに、名前の方が視線に気づき、困ったように笑いながら手招きをした。

「ごめんね、」

名前は最初にそう言った。

「新聞部で私がスクープされたんだって」
相変わらず笑ったまま名前は話を続ける。

「私が、光くんと付き合ってるなんて、変だよね」
「何で、スか」
「釣り合わないよ、私なんか」

「じゃあ別れますか?」

財前は泣きそうな声で言った。本当はどちらも依存しているのを、二人は知っていた。
馬鹿なこと、言わないの。
いつもの名前ならそう言えたかもしれないけれど、今は違った。

「光くんが、そうしたいなら。」

嘘だ。別れるなんて考えたくもないはずなのに。

「そんな悲しい事、言わんでください、先輩に釣り合わないのは俺の方やし」
「光くんが優しいから、わがままもあんまり私に言わないでしょ。それに、光くんは魅力的な人だから。時々、周りの目が鋭くて、不安になる」
「わがまま…」
「うん。私ばっかり光くんを引きずってるでしょ。私のいうことに反抗なんて絶対してないもん」
「わがまま、言ってええんスか」
「いいよ。何?」
「もう不安にさせんで。あと、自分のこと卑下せんで」

財前は名前のカーディガンの裾をぎゅ、と握って、肩にもたれ、泣きそうなのを堪えていた。
僅かに震える財前の手を握って、名前は静かに財前の頬にキスを落としてまた笑う。


「ひかる。大好きだよ」




泣かないで、ラナンキュラス





ラナンキュラス
(あなたは魅力に満ちている)


文章書くの久々過ぎて流れがおかしい