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きっとサックスもそうなのだろうか。クラリネットの事しかわからないが、ともかくクラリネットには針のような部品がある。それが外れるとキーを押してもボタンが塞がらず、音を出せなくなる。
その外れた針を治そうとしてたら、見事に不器用な私は指先にそれを突き刺してしまった。

「痛っ…」
「どないしてん?ああー血出てるやんかー。保健室保健室!」
「合奏5時からだよね?ちょっと買うものあるからついでに薬局行ってくる」
「大丈夫?気ぃつけてな」
「了解」

財布を持って音楽室を飛び出す。指先がどくどくと波打つような感覚と共に熱を帯びている。外は茹だるような暑さで、指先の痛みも暑さに負けて鈍くなっていた。それでも血は絶え間なく流れ出ている。少しめんどくさくなって、拭き取ることもせずそのまま薬局へダッシュした。生きてるんだなぁと思うのってこういう怪我した時によく考えてしまう。

薬局は街中に出てしまえばいくらでもある。その中でも以前友人に一番安いと言われた細い通りへ入って二つ目の信号の角にある薬局へ入った。安い、というのはやはり友人にとって魅力あふれるものらしく、隠れ激安店はともかくとしてコネやその場のノリまでも使う。したたかさは幼少から養われるらしい。
薬局に入ってエタノールを手にとる。
カサカサとした感触に手元をみればかさぶたと周りの乾いた血がポロポロと粉になって地面に落ちて行った。一応絆創膏は買って帰ろう。買うエタノールで遅いけど消毒して。

「おー、名字やん」

学校の外で会う想い人は少し大人びているきがした。たぶん彼の中で私は友達どまり。私もそれ以上は期待しない。おかしいと言われるかもしれない。けど、彼を振り向かせるほど、あの化粧品の広告の女の人のような女としての魅力はない。それに。彼には素敵な小春ちゃんという人がいるのだ。一氏を思っているだけで彼にとっての迷惑になってしまう。だから、ずっと友達のままでいいのだ。

「あ、一氏。昼休みぶり。部活は?」
「その部活で来てんねやけど」
「……パシりパシられパシるれろ?」
「ちゃうわ!備品減って来よったから買いに来ただけや」
「(パシられてるじゃん)」
「で?名字こそパシられとんのとちゃうんか?あ?」
「いや、私は怪我したついでに買い物済ませたくて」

しゃばしゃばとエタノールを振って見せるとどうでもいいというように「怪我したんか」と言う。乾いた指先を見せてココ、と私も言った。

「指に部品刺さったから」

刺し傷は意外と深く、改めて見てみると痛々しい。押すとまるで中に小さな針が埋まっているような鈍い痛みを感じた。
一氏も見ているだけでも痛いというように顔を歪める。

「めっちゃいたいよ」

そう言うと一氏はレジに向かった。私も適当に引き上げないと。合奏に間に合わなくなるのは嫌だった。気持ちだけを急かして私も持っていたエタノールとレジ付近にあった絆創膏を手にとって一氏の後ろに並んだ。

一氏の会計はさすがに商品が多いだけあって長かった。おやつと思しきものもある。その後どうせ学校に帰るんやからと私の会計を待っていてくれた。そういう優しいところが、嫌いだ。友人の自転車を借りたのかその一つをカゴの中に放り込んだ。今はもう一つを片手に持ちながら自転車を押している。

「…バランス取りづらいでしょ、持とうか?」
「名字怪我してんねやろ。無理するんやないで」
「あ、はい……。」
「それより、これ」
「え?」

袋の中をガサガサと漁ると絆創膏を一連、私の手に乗せる。優しさが、痛い。私が諦めているのも知らないで。「ありがとう」とは言うものの、私の心の中では憎たらしい思いでいっぱいだった。
学校まではたわいもない話を延々とした。友達どまりな会話。それでいい。変な期待は持ちたくない。

「じゃあ、部活頑張って」
「おん、名字も」

届かないとわかっているから、捨てた。
一氏の影が見えなくなってから、その一氏からもらった絆創膏ごと、ゴミ箱に突っ込んで、泣いた。



悔しさと優しさと
(君への想いが苦くて仕方ないんだ)






お題:薬局 広告 信号機