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急に雨が降ってきたから、傘の用意なんてしてなかった私は今朝のニュースを確認しなかった自分を恨んだ。コンビニで買って帰ろうかなとか思ってたら幼なじみの精市に「今日だけテニス部に置きっぱのを貸してやるよ」といわれた。いくつになっても生意気なやつ。適当に「ありがとう精市くんっ」と言えば、精市に顔を片手で挟むようにして潰された。理不尽だった。


放課後、私が生徒会の事務を終わらせてからテニス部に向かう旨をもともと伝えてあったので、ゆっくりと部室が並ぶ棟へ向かった。雨の音が、包み込むように痛い。風で雨が入り込んで外の廊下が濡れている。少しだけ靴下も湿らせた雨に、諦めにも似たものを覚えた。
部室棟はもうほとんど人が居なかった。静寂。雨のせいで部室棟も暗くなっているから静けさもあって怖くなった。今までのゆっくりとした歩調を急かして足早に精市のもとに行けば、彼はちょうど出てきたらしい。鍵をかけている精市がいた。

「ジャストタイミング〜」
「うざい」

一刀両断とはまさにこのことだよなぁと頭の片隅で思う。鍵ともう一本の私のために持ち出してきてくれた傘を持ち替えていやそうな顔をしながら渋々傘を渡してきた。渋々なんて本心では思ってないだろう。けど決して自惚れではなく、彼のそれは演技だと思うのだ。本当に嫌なら傘なんか貸してくれないしそもそも話しかけてすらくれないはずだから。
精市に私のことがわかるように精市のことが私にはわかる。そうだったら、いいな。

昇降口で靴を履き替え、外に出ると精市が先に傘を開いた。それに倣って私も傘を開けば、この傘はどこか見覚えのあるもののような気がした。そういえば。昔、私が精市にあげた傘だ。一年生になった時、にわか雨にふられて、雨の中走って帰ろうとした精市を追いかけて渡したやつ。どうせ、私には大きいからと、精市が使えばいいからと、あげたやつ。私はもうこの傘のサイズがちょうど良くなったのか。精市もあの時はこの傘が少し大きいと感じたのに、もう、この傘は小さい。物持ちがいいのか返すタイミングを失ったのかはともかく、さりげなく返してくれたんだろうと思う。嬉しさは何処かにあったけれど、それより今は傘がぶつからないようにとった距離がもどかしかった。

「結構風強いね」
「名前のせいで結構濡れた」
「私のせいかよ……。じゃあうちであったまってく?」
「いや、それは迷惑かかるからいいよ」
「えー何その無駄なとこでの遠慮。この前の週末にケーキ作ったんだよ。ラストウィークエンド。食べて行きなよ」
「余程暇だったんだね」
「そうだすね…。」

最寄り駅に着くと旅行会社が温泉の特集をしているのか日光やら草津やら熱海やらのパンフレットがやたら目に入った。学生はなかなか忙しいもので、家族とゆっくり旅行に行ったのは遠い昔のような気さえした。世間の忙しさも空気になって現れる。駅前のビルを抜けて、街中へと降りた。見かける人たちは大体休む暇もなく急いでどこかに行こうとしている。精市の会話に適当な返事をしていた私はパチンコ屋のネオンがジジッという嫌な音を立てたところではっと我に帰った。

「雨、あがった?」
「本当だ。でも濡れちゃったでしょ、どっちにしろうち来なよ」
「推すね。何、最近俺と遊べなくてさみしかった?」
「それはあるかも」

精市は驚いた顔をして「名前がそんなこと言うとなんか気持ち悪い」と余計な一言を添えやがった。こいつの前で素直になんかなるもんじゃない。
傘を閉じてボタンを止めると今まで気にしていなかった靴のぐちょぐちょが気になり始めた。ああ、早いとこ家帰りたい。

「名前の家に来るのも久しぶりだね」
「確かに。」

家のついて開口一番がそれだった。精市はそういうものの「変わってないなぁ」なんて呟いている。
玄関で少し精市を待たせてバスタオルを持って来た。濡れてしまった上着も預かって、私のと一緒に乾燥機にかけた。

「風強かったから意外と雨浴びたね」
「うん。ていうかそれココア作ってんの?俺紅茶がいい」
「私ココアがいい」
「……」
「すいませんすいません紅茶作る」

昔からそうだ。私が台所に立つと精市は文句が多くなる。親が共働きというのもあるけれど、精市に文句を言われたくないというのもあって料理の腕には自信がある。多分、いや、かなり。

「ほんと料理以外取り得ないよね」

精市に紅茶を淹れているとそう言われた。あんたも美術と園芸とテニス以外に取り得あんの。はいはい容姿端麗眉目秀麗文武両道神童神の子。なんかけちつけようとした私が悪かった。

「精市が文句言うから頑張ったんじゃん」
「そうなの?」
「は?責任持ってよ」

いつもなら笑い飛ばすのに、今のはさすがに冗談に聞こえなかったらしい。頬に紅がさしている。真面目に言ったわけでもないが冗談で言ってるわけでもないんだけど。責任持ってたべろって。

「名前のせいだからな…!」
「え?なんでよ」
「……もう、いい」

そうやって拗ねてしまうのも可愛い。けれどそうして膝に肘を立てつつ手に顎を乗せて片付ける様子を眺めていたら「なにみてるの」と顔を精市の手で挟まれた。やっぱ可愛くないわ。



幼なじみラヴァーズ
(君も私も気づかなくていいよ)




お題:温泉 ネオン 靴
乱暴な幸村くんがすきです