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エスカレーターは上に向かって上昇する例えによく言われる。この学校なんかがそうだ。エスカレータ式。怠惰にまみれた人間を生むのに便利。一部のしっかりした子なんかはエスカレータに乗っていける。けど、ああ、見てみろよ。私も滑り台でなす術もなく下へ下へと向かうその一人だ。アリスやメイが木の根元の穴に落ちて行くくらいの。苦労や努力とは真反対にあるものを必死に追いかけた先の。

「なにしてるんだよ」

不意に発せられた刺さるような声に顔をあげるとエスカレータに乗った人がいた。目的の階にはいけそうですか?

「日吉が待ってろっていったんじゃん」
「だからって日向ぼっこしてろとは言ってない!」
「パンツ見えてるし?」
「自覚してるなら隠すなりしろ!」

部活の休憩の合間だろうか。汗が日吉の肌を伝って服に吸い取られて行く。それと、いつもは諦めてるのに今回ばかりはやたらと絡んでくる。イライラがいつもより増えている気がする。いかん。非常に良くない。これは何かあったんじゃなかろうか。目的の階が見つかりませんか?

「どしたん」

私のとなりを二回叩いて日吉に座るように促した。ぎゅ、と日吉が唇を噛みしめると手に持っていたペットボトルが軋んだ。今朝私が飲み残したのをあげたやつだ。飲み残したとは言ってもひとくち飲んで飽きたからあげたやつ。日吉も飲みきれなかったらしい。飽きのくる味だもんなぁ。
しばらく日吉は私に言うのを躊躇っていたようだった。再び座るように促すと日吉はまるで消えてしまいそうな存在感で静かに腰を落ち着けた。

「上を、目指してたはずなんだ」

ぽつり。日吉の言葉が穿つような勢いを孕んで心の中の池に水滴となって滴り落ちた。日吉は特にひたすら上を目指すことを意識している。だから、滑り台に乗ってしまった私からすればよくわからないことだった。上を目指すことで見える景色を、求めているのだろうか。
それが、絶望的な景色でも?

「越えられない。甘えてる部分もある。それが。消せない。」
「うん。」

彼の目標はいつも頂上だ。そこから羽ばたいていけるのを夢見ている。でも大きすぎるのだ。目標となるそれが。

「日吉の目指すものは、いつでもそこにある」
「ああ」
「だから、目標を目指す意思が日常にかき消される」
「……。」
「そのために、出来た傷、でしょ」

日吉はきっと目標が見えなくなっていたんだろう。そのせいでしくじってしまった。しくじって出来た傷はじわじわと傷口から痛みを広げて、いま、ここにある。

「たまに、名字が怖くなる」
「図星?」
「気づきたくない事、言いたくない事すべてをいう時が、怖い。認めたくないけどな。図星だ。」
「よかった。部活、頑張って。待ってる」

日吉から奪ったペットボトルを飲み切って再び日吉に渡す。彼は嫌な顔をしたが、やっぱり吹っ切れた後だからか素直にゴミ箱に捨ててくれた。
日吉は「じゃあな」といってそそくさとコートに戻って行った。

綺麗な空が広がっている。
いつか、この地表で君があの空に飛び立つのを見てみたい。
私は君の背中を押す度にそう思ってるよ。



雲泥の差
(私と君との距離は遠い)






お題:滑り台 池 ペットボトル