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その電話は突然来た。なぜ電話である必要があったのかさっぱり検討もつかない。内容はコーヒーと紅茶のどちらが好きかだった。どちらでも。と答えた。少しのんびりしてしまった学校からの帰り道は長い気がした。歌舞伎座の横をゆっくり抜けるとまた、携帯が震えた。今度はメールだ。
「今駅前のカフェにおる」
メールと電話の内容が、逆だろうに。

待たせるのも悪いと思い全速力で走ってみるも、頭の中では私より先にカフェにいるなんて珍しいなと思った。
特になにがあるわけでもないけれど私は良くカフェにいる。友達がカフェ巡り好きだったからよく一緒に行っていたというのもあるかもしれない。その友達も今では引っ越してしまってすっかり疎遠である。
仁王とはなぜこうしてカフェでご一緒する仲になったのか全く覚えていない。特記するようなことでもないから覚えていないのだろう。何時の間にか話すようになった。仁王の中でも私の中でも友達のそれとよく似た空気を共有できるのが心地いいと感じる、のだと思う。

「ごめん、遅くなって」

コーヒーの香りと紅茶についた花の香りが混じるその空間に一際目立つ頭を見つけた。その向かいの席に着くと見知ったウエイトレスが「いつもの?」と聞いたから「それで」と答える。
私が来てから仁王は口を開かずに外をずっと眺めていた。沈黙さえ心地いい空間。全く苦じゃない。
仁王の存在感は隣の女子高生二人が雑貨屋で見たというサソリのペンダントの話をしているのがよく聞こえるほど静かにそこにあるだけで。

「のう」

新しく入ったバイトのお姉さんだろうか、見ない顔のウエイトレスがカプチーノを運んできた。カプチーノの泡が揺れる。机の上に置かれたそれを眺めていると仁王が私に問いかけた。

「お前にとって俺ってなんなんじゃ」

どうしたというのだろう。本当に珍しい。珍しい、のだろうか。これじゃあまるでらしくないと言った方が正しいみたいだ。
また沈黙が降りる。長いことこの緩い空間に身を委ねていたから隣の女の子達の会話は世界史の授業でもあったのかピラミッドがいかにして作られたかの話になっていた。

「気のおけない人」

そうとしか答えられなかった。仁王は私の返答に何を求めていたのか。全くもってわからない。私が口にできるのはただ"気のおけない人"という表現だけなのだ。
逆に。仁王にとっての私はなんなんだろう。私とはまた違うものなのだろうか。聞いてみたいような。聞いてしまうのが怖いような。

「俺にとって、名前の存在は今までで一番、」

一息に言ってしまってそこで切る。仁王は人の気を引くのをあまり好まないと思っていたがこのときばかりは私の気を確実に引いていた。
……私の存在が、今までで一番、

「嬉しかった」

どういう意味なのだろう。私の存在が、仁王の中で一番嬉しい。他人として?友人として?異性として?ああ、最後のはあり得ないな。
私は満更でもないような気持ちになった。仁王という存在が嬉しいかといえば在った方が嬉しい。同じ空間を嫌とも思わず過ごせるなら、それは嬉しい。

「ありがとう」

そう答えてカプチーノを飲み切ると、私たちはカフェを出てそれぞれ家路についた。夕焼けが包むように優しくて、痛かった。


翌日学校でその話を丸井にしたら、仁王は告白したかったんじゃねーの、と言われた。そうだとしたら。あまりにも彼が不器用すぎて鈍い私は全く気づかなかった。
仁王が本当に告白したかったのか確信は持てない。でも、その時は私にわかるように言って欲しいなぁと思った。また満更でもなさそうにして見せると仁王が「なんの話ししとるんじゃ」と隣の椅子に腰掛けた。



君と過ごせる時間
(不器用なあなたの話)




お題:歌舞伎 サソリ ピラミッド