トップページをブクマしよう | ナノ


「咲夜ちゃん聞いて!私今度翔とデートするんだー!」

うらやましいでしょう?ということだろうか。意地の悪い女。性悪。翔くんに媚びているのは目に見えている。私の目は見えないけど。黒い言葉がふつふつとわき出てくるようで胸にあふれかえってもう蓋が閉まらなくなってきた。ああ、もう。ほんといや。

「遊園地でね、遊ぶの!知ってる?遊園地。」

知ってるに決まってるでしょ、と心の中で悪態づきながら「ええ」と淡白に答える。それから翔くんと遊園地に行くことについて延々と語り始める女の子。
適当に相槌をうって左から右に流していると朔奈さんの弾く琴の音が聞こえた。昔はよく朔奈さんと翔くんと私とで歌ったものだった。女の子は琴の音を気にも留めていないみたいで好きなようにずっとしゃべっていた。
翔くんの歌声は澄んでいてとても好きだった。最近は聞いていないけれどまた歌ってなどとせがんだらきっと恥ずかしがるのだろう。それになによりも女の子に翔くんの歌声を聴かせるのは嫌だった。私たちの記憶。私たちだけの思い出。私たちだけがわかる、夢の微睡。

「本当に翔くんのことが好きなのね」
「好きだよ。だれにも渡したくないくらい」

もうあの時のように女の子の言葉で傷つくことはなくなった。この子は私と同じ。誰か自分だけを見てくれる人が欲しい。自分勝手な願いを持っている。そう思えばむしろかわいそうとすら思えてきた。

「私も、翔くんのことが好きなの。誰にも分かってほしくないくらい」

でも私とあなたは違いすぎる。
目を持つ人と目を持たない人、というわけではなく。
欲しいものが何かわかってる人と、それがわからない人ってことよ。

- - - - - -




もともとこういう展開にしようと決めていたにもかかわらず、忍足にノートを渡す手が指が熱を持っているのに気が付いた。気づかれまいと口から出てくる言葉はどうしてもつっけんどんになってしまう。

「あんた、これ読んでもまだ読みたいと思うわけ?」
「おん!毎日楽しみやし!」
「(何なのこいつ…)」

ノートを名前に返して「ありがとな」といった後、忍足は何かを探すように鞄の内ポケットをまさぐる。

「前から思ってたんやけど……あったあった。メアド!」
「が?」
「教えてや」
「あー…うん。」
「なんや…あかんの?」
「いや、あかんくないけど」
「どっちやねん」
「変なことでメールしないでよ」
「俺をなんやと思ってんねん」

赤外線でプロフィールを交換して名前の携帯のアドレス帳にあ行が一つ増えた。いったいこのメアドを使うときがいつ来るというのだろう。ただ私と忍足は友達ともいえないような微妙な間柄なのに。

「ま、なんかあったら気軽にメールしてや」

でも友人でもない人のメアドをもつなんてそうそうないはず。つまり私と忍足は友人になったんだろうか。大体友人の定義ってなに。どこからが友人?学校でお喋りする程度?一緒に帰る程度?一緒に帰りがけにどこか遊びに行っちゃう程度?休日に約束して遊びに行く程度?

よく、わかんない。

なにはともあれたぶんこのメアドにメールするのは当分先だろうなぁと思った。