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「大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。
自分は透徹ほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍そばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
じゃ、私わたしの顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
しばらくして、女がまたこう云った。
『死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから』
自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
『日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか』
自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
『百年待っていて下さい』と思い切った声で云った。
『百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから』」

……私が綺麗がどうかわからないなんて嘘だ。言葉の中の美しさを私は知っている。先に音読したのは夢十夜の第一夜は私の一番好きな小説の一部。もちろんすべて第一夜の最初から読んで夏目先生が練りこんだ意味を咀嚼してよく味わってほしいと他人に勧めたいものではあるけれど、お気に入りを他人のものにされるのも嫌な気がする。
綺麗についてなら音だって知っている。目が機能しなくても感情はある。だって感情がなかったら綺麗とも思わないし、悔しいとかみじめだとか思わない。わたしだって、人間だわ。

「咲夜、」

翔くんの声。わざわざ来てくれたのに、以前はあんなに焦がれていたのに、会えた喜びはこの前よりぐっと薄れていた。わかっている。八つ当たりしそうだって。

「あの子は?」
「きょうは用事があるって」
「そう、残念ね」

その言葉の中には翔くんなんかあの子とお話ししていればいいじゃない、なんて意味が含まれている気がした。どうしてそんなことを思ってしまうのだろう。
女の子がいなかった以前の状況が一番良かった。でも女の子に消えてほしいなんて言えやしない。お母様達のお付き合いもあるだろうし。

「咲夜、怒ってる?」
「怒る?なんで?」
「なんでって…、」

それきり翔くんは黙りこくってしまった。悪いことをしたかもしれない。どうしてこうなってしまうのだろう。

私はどうしたいのだろう。

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「運がいいとか〜わるいとか〜」
「さだまさしって!ちょ、渋い!」
「人はよく口にするけど〜」
「名字ちゃんさっきあゆ歌ってへんかった?」
「何で歌上手いのにチョイスがアレなん?」

打ち上げでカラオケに行くことになった一同は名前の選曲にただひたすら驚いていた。名前は無類の音楽好きでカラオケに入り浸ったり、レンタルショップでJ-POPを端から端まで借りてみたりとにかく謎なほどに幅広く曲を知っている。なぜかクラシックも聞いている。
小説を書いていると言えば少しおとなしい子と思われるかもしれない。けれど名前は普通の友達も多い女子中学生…だと思われているはずだ。

「忍ぶ 忍ばず 無縁坂〜」
「名字ちゃんってカラオケってイメージなかったわ」
「一人で結構行ってるらしいで」
「だからうまいんやな…。名字ちゃん今度一緒に行かん?」
「母の人生〜… えーなんか熱唱聞かれんの恥ずかしい…」
「えっ熱唱聞きたい!十八番は?」
「このまま君だけを奪い去りたい」
「若干古くない!?」

きゃっきゃと女子が話をしている間も、男子はネタ曲の選曲にいそしんでいた。名前はその中に忍足を見つけて、ふと思う。
…最近、やたら忍足のこと気にしてない…?
え、やだ、何それ。笑えない。何きょどってんの。ありえんし。

「名前ー、Happiness歌おー」
「ううううん」
「どないしてん?」
「ななななんでもない」
「大丈夫?」

なんか、そうじゃないんだけど、そうじゃないんだけど、変な感じがする!!なにこれ!!