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女の子は「ごめんね」と言った。気にしてなど居ないと言えば嘘になる。けれど女の子のあの言葉は世間一般の意見だと思えた。今まで外に出なかったから言われなかった言葉。母も翔くんも朔奈さんも根底ではそう思っているはずだ。言わないだけ。

「別にいいの」

許してもらえたと思ったのかまた以前の様に女の子はベラベラと喋り始めた。耳障りだ。母に言えるものでもないけれど、翔くんの代わりなんていらない。翔くんは最近来てない。忙しいのはわかるけど、出来れば…会いたい。

「咲夜!」

慌ただしい足音。懐かしい声。でもこんなにちょうど良いタイミングで来るものなの?まるで夢みたい。そうね、私は、本当に夢の中で生きているのかもしれない。

「翔くん?翔くんなの?」
「久し振り。元気だったか?」
「ずっと、元気だった」
「ごめんな、最近忙しくて…」
「いいの、来てくれてありがとう。翔くんも、変わりない?」
「ああ、もちろん」

優しく手を包むように握ってくれるのは、翔くんがいつも私に会うとき最初にしてくれる行動。
やっぱり翔くんなんだ!
沈んでいた気持ちがすくい上げられたようで、軽くなる。けれどそれはすぐに鉛を抱え込み始めた様に重みを増していくのがわかった。
女の子が思い出したように「翔くんっていうの?私、莉香っていうの!」とはしゃぎ始めた。やめて。私と翔くんの間に入らないで。うるさい、うるさい、うるさい。
私の場所が、とられてしまう。


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「めっちゃかわいそうやった」

放課後、誰も居なくなった教室で忍足はノートを差し出しながら涙ぐんで言った。捨てろと言ったのに律儀に返して来やがった。こいつ…!

「ハッピーエンドになるん?」

グズグズと鼻をすする忍足に名前は心底驚いた。そんなに泣ける話ではない。はず。なんだこいつ。涙もろいんだろうか。でもクラスでも表情をコロコロ変えていたのを遠目に見たことがあったし、合点がいきそうなものだった。

「もう、書かないよ」

忍足は涙をピタリと止めた。

「な、なんでや!!」

勢いよく、それこそガバッという音を立てるほどの勢いで忍足は名前に迫った。それにびっくりして名前が後ずさると、忍足も勢いを引っ込めて「俺が見てもうたからか…」と先程引っ込めた涙をまた滲ませた。
そんな泣きそうな顔されても。というかあの小説自体、そんな顔するほどのものだったっけ?

「そ、そうだけど」
「せやったら見んかったことに…いや、でもそれじゃあ続き読めんし!あああどうすりゃええんや!」
「いや、知らないっての」

もう帰っていいかな。ノート帰って来たし。帰ってこれ燃やさなくちゃいけないし。どこで燃やそう。近くの公園?バケツに砂いれて、ノートにサラダ油かけて火付ければ良い?ていうか油要らなくない?紙だし。油なくても燃えるっしょ。

「せや!言わんかったらええんやろ!」

再び忍足がガバッと名前に迫り、名前は先のように後ずさった。名案だと言わんばかりに忍足が顔を輝かせるのを名前はなんでこんなことになったんだろうと某然と考えつつ見る。

「い、言わなかったら…いいけど……」
「っしゃ!」
「え?」

なんでそんなに喜ぶんだろう。
名前が混乱する間も彼はお得意の笑顔で名前の手を握り、ぶんぶんと降って、爆弾を投下した。

「続き書けたら、教えてな!」

困ったことになった気がする、と気づくのは忍足がそのまま先に教室を出て帰ってしまってからだった。