トップページをブクマしよう | ナノ
少年が帰ってきたとき、後ろに二人の人がいた。少年の制服と同じ制服をきていたから友達かなーと思い、いらっしゃいの意をこめてひとつ鳴く。
するといきなり腹に衝撃、そのまま私の体は壁に打ち付けられた。崩れ落ちはしなくとも、胴体の鈍い痛みは残ったまま。
一瞬何が起きたのか理解できなかった。さっきまでの視界と違う。移動した。でも私の意思じゃなく、少年の足によって。
私、少年に蹴られた、のか。

「ざ、財前!?」
「あーちょいやり過ぎたわ」
「財前て猫にも容赦ないんやな。もっと大事にしてやり」
「せや、祟られるで…」
「先輩、祟りとか信じとるんすか」

少年含め三人とも私を気にする気配はなく奥に消えていく。私は玄関でその後ろ姿を見ていた。
驚きが離れない。一体どうしたんだろう。少年、だよね?少年の匂いがしたもん。別人なんて事はない。でも、なんで。

近づいたらまた何かされそうだとおもった私は二階には近づかない様にソファで寝た。
それから、浅い眠りについて。何か物音で目が覚めた。猫はこういうときに不便で仕方ないな…と重い瞼を開けると自分に影がさした。

「(しょう、ねん)」

お茶とお茶請けをお盆にのせた彼は私が見上げるとすぐ立ち去る。その、一瞬見えたこちらを見る眼が冷たく感じられて心が底冷えする。少年。いきなりどうしてなの、少年。

怒りよりも驚きよりも悲しみが襲う。また会うといけないと思ってものが乱雑においてある一階の部屋の隅で丸くなって考える。どうしたんだろ、少年。私、何か気に障るような事した?
それでもさっきの胴体の痛みは残っている。少年が私を蹴ったのは夢なんかじゃなかった。心が不安定な時期なの?いや、でもそんな時期だとしてもそんな事する子じゃない。まだ一週間超しか少年を見ていないけど、何か理由がないと私を蹴ったりなんかしない。だったら、どうして。

でも私は、猫だ。

ペットであり人間と意思の疎通は無理だ。……そして。感情的な涙も流れない。泣きたいのに流れない涙は、鳴き声となって発散されていく。折角通じたと思ったのに。どういたしましてと返してくれたのに。私が一方的に好意を持っていただけ?
混乱し過ぎて小さな頭ではパンクしそうだ。どうにか落ち着きたくて、今度こそ深く眠れます様にとお願いしてから再び眼を閉じた。



起きると、早朝だった。やばい。夕飯食べてないから空腹で胃が締まる。水でも飲めば少しは紛れるだろうか。
寝起きの体に心の中で喝を入れて立ち上がると、そばに黒い物体があった。猫だから暗闇は得意だ。…これは……。

「(ひかる……)」

そばで寝ていたんだろうか。私の事嫌いなんじゃないの。嫌いならなんでこんな事してんの。
わけがわからなくなってきて憎らしくなる。うつ伏せの態勢で寝ている少年の、頭の上に投げ出された腕。それに思いっきり噛み付くと寝ぼけてうなされたまま少年は身をよじった。……これでも起きないとは。なかなかやりおる。
少年の冷たい行動に対する驚きと悲しさが収まった今、私の中で一番濃くあるのは怒り。その怒りをぶつけるように腕に噛み付いたまま猫キックをかました。

「……ん…………っつ!?」
「フゥゥゥッ!!」
「ちょ、痛い!離せやこら!」

額を押されて無理やり少年の腕から引き剥がされる。フーッ!と臨戦態勢に戻って少年を睨む。起き上がった少年もなんとか噛まれないよう腕と足をガードした。頬にはフローリングの溝の跡がついていて…なんか…イケメンだけどやってる事かわい……じゃない!そうじゃなくて!
怒ったか少年!私はそれ以上に怒ってるんだ!
もう一度フーッと言うと戦意を失ったのか少年はガードするのをやめてしゃがみ、頭を撫でてくれた。いつもの優しくて気持ちいい撫でかた。

「嫌われてもしゃあないわな、ほんまにすまん」

その言動で怒りはどこかへ吹き飛んだのがわかった。え、謝られた…?なんで?私、少年に嫌われたんじゃ。

「その…猫好きなんて…先輩らの前で……恥ずいやろ……」

以前、お母様が言っていた気がする。光が猫をなぁ……珍しいこともあるもんや、と。猫を愛でるなんてきっと少年の柄じゃないんだろう。

「とか言っても…流石に猫にはわからんよなぁ」

脱力した。嫌われていたわけではないのだ。
安心すると怒りで忘れていた空腹が戻ってきて少年の足に擦り寄る。少年がふわりと笑ったのが見えた。いつもの、少年だ。

「(……かつおくれたら許す!かつおあじ!かつお!)」
「あ、昨日食べてへんの?」
「(かつおがいい!)」
「はいはい、かつおな」

喧嘩というわけでもないから仲直りというわけでもないけど。少年は私を嫌わないでいてくれている。それがどうにもくすぐったくて嬉しかった。それと同時に少年が他人を連れてきたときには私は少年とあわない方がいいというのを学んだ。少年と友人とのやりとりからいつものふわりとした笑顔が私だけにくれる笑顔っていうのもわかった。
嫌われたかと思って嫌だったけど、いっぱいひかるの考えてる事を知ることができた。うれしい。
心が満たされていたからかすぐお腹いっぱいになった。ソファに座る少年のあったかい膝でうとうとしていると上から声がした。

「せや、お前、名前決まってへんかったやろ?」

折角の心地良い微睡みが吹っ飛んで、変わりに嫌な汗が吹き出してきそうだった。

「何がええ?ポチ?タマ?タイガーフェスティバル?アームストロング?」

最後の何。あ、あーむ…すと…??
なんでもいいけど、どうか変な名前にされません様に…!!