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少年の膝の上で喉の下をごろごろされる。あ、そこ気持ちいい。目をつむって顎を前に伸ばすと、少年は満足そうにした。
乾かしてもらって元よりふわふわの毛並みに私も少年も満足していると、「光、ご飯」と先程のお母様が言った。この少年、光というのか。

「猫って何食べるん」

確かに。お腹がすいているわけではないけれど、夕飯の匂いをかぐと食欲がそそられた。私は人間の残飯でも良かったけど、彼らはそれでいいとは思わない。それにさっき風呂場で見た私の姿は、猫というより子猫だった。子猫より少し大きめだから、小猫というのが正しいか。だから頭の端で多くは食べられないんじゃないか、などと思った。

「スーパーに餌あればええんやけど」

大阪のスーパーに猫の餌があるかどうかは知らないが、東京でなら見たことがある。猫用に味付けされた切り身の焼き魚が真空パックに入っているのとかもスーパーで見た。
少し考える仕種をしてから少年が私を膝の上からソファへ下ろして立ち上がった。

「ちょお行ってくるわ」
「光一人で大丈夫なん?」
「すぐそこやし」
「せやね、気ぃつけて」

少年は部屋を出て行ってしまった。少年が餌を買ってきてくれるらしい。それにしても何から何まで少年が世話をしてくれている。それほど猫が好きなのだろうか。

「光が猫をなぁ……珍しいこともあるもんや」

……そうではないのだろうか。それともただ単に猫が好きな一面を他人に見せないだけなのだろうか。
実にかわいらしい少年だ。

「これ、ひかるがひろってきた猫?」
「そうやで。いいこいいこしてやり」
「いーこいーこ」

甥っ子が近寄ってきて、その質問に夕飯の支度を終えた若い女の人が答える。動くものが珍しいのかおそるおそる撫でる仕種がなんだかもどかしかった。

「みみうごいた!」
「そら猫さんやから動くんは当たり前やろ」
「そうなん?」

目の前でわいわいやられているが、なんとなく少年に触られる方が居心地がいい。
ふい、とそっぽを向いて寝る体制に入ったが少年の甥がぺしぺしと背中を撫でるように叩いているためになかなか寝付けない。

「こら」

少年と美味しそうな匂いがして、バッと振り向けばすぐ傍に息を切らした少年が立っていた。え?忘れものでもした?

「よぉ、わからんけどっ…いろいろ…買うてきたっ…はぁ…はぁ…」

さっき出ていったばっかじゃなかっただろうか。いくらなんでも早すぎる。自転車で全力疾走してもこんなに早く買ってこれないと思うんだけど。それと、そこまで急がなくてもいいのに。

「にゃぁお」
「どれがええ?」

感謝の意をこめてひとつ鳴く。少年は嬉しそうにいいにおいのするビニール袋をベッドに並べた。かつお味、まぐろ味、エトセトラエトセトラ。
焼き魚の真空パックのもあったりして本当に手当たり次第買ってきたようだった。

「あぅ」
「これか?」
「うにゃ」

とりあえず片っ端から試していこう。まずはまぐろ味から。そうしてまぐろ味に向かって少年を呼ぶとすぐに中身を器にあけてくれた。喉がかわくだろうからと牛乳も同じような器に注いでくれて、その隣に餌がおかれる。
お腹が空いていなかったとはいえ、そそられる香りを前にすれば食欲は誘われるものだ。ざらざらしている舌を使い、牛乳を飲みつつ餌にかぶりつくように食べる。味はさしてまずいわけでもなかった。あらゆる感覚が猫になっているのだなと再確認する意味でも貴重な食事だった。
なんか、さみしいな。

「うまい?」

おいしい。そういう意味でにゃお、と鳴けば少年は満足げにテーブルについて自分も食事を摂りはじめた。