玄関にただいまと少年の声が響くと、お母さんらしき人が漫画みたくお玉を片手に玄関を覗いてきた。
「お帰りなさ…どないしたん、その猫。迷子ちゃん?」
「それが、わからんのや。綺麗な猫やし」
「まさかうちで飼うん?」
「やっぱダメやろか」
うんうん唸る二人。あれこれ話しあってるうちに、少年の甥だという子まで話しに混ざっていた。けど当の私はおまかいなしに家を見回していた。台所からいい夕飯の匂いが漂ってきて鼻をくすぐる。
ん?でも…あれ…お母様、お母様。味噌汁が吹き零れる音があちらからしているのですが。
「猫って飼うんは大変なんやで?餌とかなんとか。毛だって抜けるし」
「…うー…にゃっ!」
「あっこら、どこ行くん!」
するりと少年の腕を抜けて台所のコンロの下まで走る。流石猫といったところか、走るのは早い。小回りも利くし、何気に便利だ。
「嫌やわ、吹きこぼれ!」
「こいつ、教えてくれたんか?賢いな」
「お手柄やね。……んー、なら飼ってもええよ。賢いんやったら楽そうやし」
「良かったなー」
本当に良かった。野良はきつい。しかし甥っ子に私はいじめられる可能性があるのは若干不安だぞ、少年。
文句は言えないからもう何もいわないけど。あとは人間に戻れたらなあ、とかね。お母さんとかどうしてるんだろう。警察に捜索願い出てるかな。
…ていうか遠く離れた大阪だし?別にお母さん探しに行こうとは思わないかなー…とかね。なんて親不孝。しかし猫じゃあ仕方ない。
「まずは風呂入ろか」
こうやって風呂にぶち込まれる羽目になったりね。飼われる猫はいろいろ不便だね。一匹だけじゃ何も出来やしない。
キュ、とシャワーから冷たい水が流れてくる。身体に当てられて思わず「ふニャっ!」という声が出てしまった。さ、寒いよ…少年!
「あぁ、スマンな」
少年は私が嫌がったのに気がついたのかすぐさまお湯に切り替えてくれた。毛の中に染みていく感覚は何とも言えず気持ちいいものがある。猫のシャンプーが無いというから(当たり前だが)人間用のシャンプーで洗われ、更にはリンスもしてくれた。
「お前大人しいなぁ…猫の癖にな。人間みたいや」
ドライヤーで乾かしてくれた際に少年が言った。そういえば猫はお風呂や病院を嫌がるものだったか。しかしここでじたばた暴れたとして、先程の「賢い」イメージは崩れ去るに違いない。
「ほんまかわええな…」
背中の毛をもふもふしながら乾かす少年もかわいいと思う。ピアスをしている外見からは想像もつかない優しい顔である。しかしこの少年…見覚えがあるような。