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空っぽな生涯を送って来ました。
私には、心というものが、見当つかないのです。自分は人ごみの多い東京に生れましたが、恋人をはじめて認識したのは、よほど大きくなってからでした。友達に「仁王くんてかっこいいよね」と言われるまでは、恋人なんて本当にいるのかどうかも分かりませんでした。
恋、か。
一つ繰り返すたびにドリルで心の底を穿り返すような虚無しか生まれないのです。そこに気持ちを入れるほどに心は豊かではありません。ぽっかりとした心をのぞきこむたびに恐怖に似た何かが生まれて、恐怖で埋まったときにはちょっとした満足感があります。でもすぐに虚無を生んで許容量だけが生まれていくのです。

「あれ、仁王くんまたサボり?」
「まあの」
「ほどほどにねー」

教室の隅で交わされる会話に私は「今日も飽きないな」と思うだけで少しの笑みを浮かべました。それに友達が気が付いて「なんだよー」とさも嬉しそうに言うのです。もう仁王くんの姿は見えませんでした。私の隣の席の丸井くんが「なになに、仁王のこと好きなわけ?」と話を穿り返してきます。まんざらでもなさそうな声で否定する友達に説得力はありませんでした。丸井くんと楽しそうにおしゃべりする友達と、仁王くんとお話しするときの友達は違います。仁王くんの時はいつものうるさいイメージもなく、まるで遠慮か何かしているようなそぶりを見せるのです。その時の彼女が私は一番嫌いでした。ボーっとしていると「仁王人気だもんなー。名字は?」と丸井くんが友達と一緒に私を見ていました。

「仁王くんは確かにかっこ良いけど、私は……別にそこまでは。」

ちら、と友達のほうを見ると冷たい目をしていました。言わずとも理由はわかっています。軽い独占欲なのです。
丸井くんはそれを一瞥して「がんばれよー」と私の目を見て言いました。友達が「茶化すなよー」などと言っていたのでもしかしたらそれは友達に言った言葉なのかもしれません。私は丸井くんが振った手に対して手を振りかえしました。少しだけ、心の中が溜まったような気がしました。

ある日、昼休みに「ごめん、用事があってお昼遅くなるわ。先食べてて」と友達が言いました。私に「仁王くんてかっこいいよね」と言った日から約3か月、積極的に話すようになってから2週間のことでした。友達は仁王くんのところへ行って耳打ちをし、一緒に食べる丸井くんに仁王くんが一言断っているようでした。仁王くんを連れて出ていくときに、友達と目が合って、すぐに向こうから逸らしました。私はそれ以上目でおいませんでしたが、視線を戻す時に丸井くんと目が合いました。丸井くんはお弁当を持ってこちらへ来ました。

「え、なに、そういうかんじ?」
「だと思う」

丸井くんは微妙な顔をしながら他人事のように話していました。私もお弁当の味もよくわからずに黙々と食べていました。丸井くんはすぐにお弁当を食べてどこかへ行ってしまいました。
友達が帰ってきたときに私が催促するような眼をしていたのでしょうか、こちらは何も言っていないのに「何でもないよ」といいました。それは何かあることだと私は思いましたが聞いてほしくないということなのでしょう、私は何も聞きませんでした。
空間にひたすら重い何かがのしかかっています。居場所もなく乾いてもいない喉を潤すために私は自販機へ向かいました。

教室に帰ってくると、友達はほかの友達と重い空気を分かち合っていました。とたんに私は彼女のことが嫌いになりました。一種の独占欲なのでしょうか、それとも単なる怒りなのでしょうか。しかし私は彼女が嫌いなので独占欲ではないと断定しました。胃のあたりはむかむかするようで、震えが止まりません。友達なんて知らないふりをしながら、自分の席につきました。もう何も聞きたくないのです。
あれほど私に言っていたのに報告すらせず、かといって誰にも報告しないわけではない。私は裏切られた気持ちでいっぱいでした。
むつかしい顔をしていたのか、どこからかやってきた丸井くんが私に「どうした?」と尋ねました。

「なんでも、ないよ」

友達と同じように、私が絞り出した言葉は丸井くんを少なからず傷つけたのでしょうか。




君と彼と私とあなた
(ああ、いっそ、貝になりたい)