コンビニエンス・ラブ | ナノ


「そこの椅子に座って待ってて。机の上汚いけど勘弁ね」

玄関の棚に印鑑を置いて謙也くんを部屋に通す。私は台所で冷たいウーロン茶を注いでから、相変わらず鳴っている携帯を一瞥した。謙也くんはなんとなく理解したらしく苦笑いしかしていなかった。
とにかく話題を引っ張って来ようとしたらしい謙也くんの目に、最初に映ったのは書き散らかしてある記入済みのレポート用紙だった。

「なんやお忙しい時に来てしもたみたいですんません…」
「もう終わるから構やしないって。ウーロン茶で平気だよね?」
「あ、ありがとうございます」

机の上にお茶を置くと謙也くんはそろそろとコップを持ち上げて口に運んだ。遠慮しているのかあまり飲んでいないように見受けられた。

「俺でよければ相談とか聞きますで。なんでも言うて下さい」
「そうだねー、それなら愚痴きいてくれる?」





事の始終を話すのにそう時間は掛からなかったような気がする。携帯はもう鳴っていなかった。話終えると謙也くんは苦笑しか漏らさなかった。話題的に笑えもしないし私の方も最早清々しいようで落ち込む反応もできないから、私から見た謙也くんの表情は妥当なように思えた。

「しばらくは彼氏作ろいう気は無いんですか?」

私は愚痴を言い切ってさっぱりしていたから快活な気分でいた。酒を飲んだときほどではないにしろ、冗談を吐く余裕くらいはあったんだと思う。前後の気持ちのことはよく覚えていなかった。

「はは、謙也くんがなってくれるなら、彼氏にしてあげてもいいけど〜?」

「……なら、してください」

その一言とほんの少し頬を赤らめただけで真剣な表情をした謙也くんしか、覚えていない。
冗談ではないんだな、と理解してサァーッと目が醒めるように我にかえっていくのを呆然と身体で感じていた。
頭が真っ白で何も口から言葉が出て来ない。また、私は夢を見ていた…?

「すんません、今の忘れたってください」

立ち上がり鞄をひったくるようにして勢いのまま出ていく謙也くんをただ呆然と見ていることしか出来なくて、自分が急に情けなく思えた。

ふと彼がいた机に目線をやると、飲みかけのウーロン茶と私がさっき窓から投げ捨てた消しゴムがぽつんと置かれていた。




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