short | ナノ



冬は嫌い、春は好き。なんでそうなのかって聞かれるとただ単に寒いのが嫌いだからって私は答える。だって、寒いと人は暖かいところに行こうと足早に歩いて行ってしまうし、空気がぴんと張ってしまうから。それにせっかく可愛い格好をしてもコートが全部隠しちゃう。でもお気に入りのマフラーを巻けるのはいいかな。そこだけは許してあげよう。でも人がゆっくり歩いてばっちし可愛い格好を見せられる春は心がるんるんとなる。それはもう、くるくると体を回してしまうくらいにね。それをあなたはいつも恥ずかしいからやめなよ、って言ってくれるけど。やっぱり私は回るのをやめられない。くるくる、くるくる。仕方ないな、って困った顔で笑う。そんなあなたも私は、私の大好きな、…あれ?あなたは誰だっけ。私の大好きで、大切な人だったはずなのに。

記憶に埋もれる。冷たい記憶、暖かい記憶、これは今はどっちなんだろう。…そうね、きっとこれは冷たい記憶。寒くて、私たちの目の前をたくさんの人が通り過ぎる。誰も止まろうとはしない。顔もわからない人たちが機械のように歩いているだけ。そこで私はやっと気づいた。きっと私たちはいらない子、誰からも見放されて、誰よりも不幸せなんだ。なんて悲しいんだろう、なんて冷たいんだろう。誰からも助けられなくて、必要とされてなくて、そんな人生を生きるなんて、私たちにはなんの意味があって生きているの。

私は座り込んだまま、一緒に隣で座り込んでいるあなたを見た。ああ、やっぱり私はあなたのことを思い出せないみたい。あなたの顔がぼやけて誰だかわからないわ。私たちは私たちしかいないのに。ねぇ、あなたもそうだったんでしょう?私に必要なのはあなた。あなたに必要なのは私。そういう関係だったんでしょう、私たちは。

あなたが立ち上がる。私も一緒に立ち上がろうとしたけどあなたは私のことなんか知らないみたいに歩いていった。どこに行くの、私を置いていかないでよ。追いかけようとして、立ち上がって進もうとする私を顔のない人たちが止めた。


「君はここにいたらいいんだよ。」

「何を言っているの」

「助けを求められても見ないふりをする、そんな大人になっていくんだ。大丈夫、それが普通。」

「知らない。あなたはあなた、私は私なのよ」

「あのことは違う、君は僕らと一緒さ。」

「違う」

「運命からは逃れられない。さあ、」

そんなことない、私はあのこと一緒。心の中で言うことはとても簡単なことなのにどうしても口で言えない。頭に思い浮かべるのはあなたとの思い出ばかり。あなたが顔を真っ赤にさせながら可愛いと言ってくれた人よりも赤いほっぺたも、素敵だよ、と言ってくれた奥二重の目も。私、はあなたが褒めてくれたから好きになれたんだよね。なのになぜかそれらが薄いもやがかかったようにわからなくなってきて、今はそれが消えようとしている。私はこちらの人間だったのだろうか。顔がなくて、ただ運命に流されて生きていく、型にはまった、そんな人間に?

違う。私は、あなたたちとは違う。選ばれた人間ではきっとないだろうけど。それに、あのこは私のことを必要としてるのよ。だから、

「私は、あのこを追いかけなくちゃ。」

「何を言っているんだい?君は、運命、の輪か、らはず、れ、られ…」

「ごめんね。きっとあなたが言っていることは当たり前で、普通で、私はそういうふうに生きていくはずだったんだろうけど。でもね、そんな生き方よりも大切に出来るものが見つかったんだ。だから、もう、いらない。私は、自分で自分を変えられるよ」

ゆっくりと私は立ち上がる。重いコートとお気に入りのマフラーをはずして身軽な体になって駆け出す。待って、私はあなたのことをもっと知りたいの。私もあなたのことが必要なのよ、私はあなたのことが大好きだから。だから、ねぇ、こっちを向いてよ。私はあなたのことを知っているんだよ、1番好きだった、好きなの。愛してた、愛してる。だから、こっちを向いてよ。そう、願ったら前にあなたの姿が見えた。あと、もう少し。私は体がもう悲鳴をあげているのを忘れて小さな子供のように大声を出す。

「ねぇ、私を置いて行かないでよ!私はあなたがいないときっと生きていけないから、だからあなたが必要なの!勝手に私の中から、消えないで…!」

一生懸命走って、思いきりあなたの肩に手をのばした。そして私はあなたをつかまえて、あなたがこちらへ振り返ろうとした。もう少しで顔が見えそうなのに、ふたりの周りに暖かい光が輝いて、私の意識がフェードアウトした。春の陽射しのような、光を感じながら。


▽▼▽▼



「…あれ、起きた?何か夢見てたみたいだね」

今日は春の暖かさが感じられるような日で、冠葉くんや陽毬ちゃんに苹果ちゃんはどうやら違う花を見に行ったらしくてここにはいなかった。その3人の組み合わせがなんだか珍しくて想像をしてみたらきっと冠葉くんがふたりの後ろをついていっているんだろうな、と思って、ただそれだけなのにみんなが一緒にいるのがとても嬉しかったの。だからかな、普段夢の内容なんて話さないのに話そうと思ったのは。

「知らない人を追いかけていて、やっとつかまえたっていう夢だった。」

「知らないのに追いかけてたんだ。」

「…きっと、その人は晶馬くんだったんだよ。だってとても大切な人だって思ったんだもの。」

私がそう言うと少し顔を赤くして、晶馬くんははにかんだ。なんだか純粋に男の子みたいで、とても可愛いって思ったことは晶馬くんには秘密だけどきっとこれが幸せなんだろうなあ。この幸せを晶馬くんに伝えたい。だって私の幸せはきっと晶馬くんの幸せでしょう?甘ったるい小説で読んだことがあるような一節だけど、それがとても合っている。

「あのね、私は心から晶馬くんのことが好きなんだよ。きっと、それが理由なんだよ。今の私の愛のかたちなんだ。今も、幸せなの。こうして隣にいられることだけでも、幸せ。」

なにそれ、って少し呆れるように言うけれど晶馬くんも私のことが好きって知ってるよ。十分伝わってくるもの。そうよね。だって、春の陽射しも、全部、晶馬くんの気持ちを伝えてくれる。それは私と晶馬くんだけのお話。暖かくて、幸せなお話。

「つまりはね、私はなにがあっても晶馬くんのこと好き、ってことだよ。」

やっぱり私は春が好きだ。ね、わかるでしょう?晶馬くん。絶対この手を離さないよ、あなたが離そうとしても、運命が私たちを離そうとしたって私は絶対に離さない。この幸せを私は守りたいから。晶馬くんの傍で、ずっと。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -