short | ナノ
逃げる逃げる逃げる。私は街を走っていた。ブーツを履いている足が悲鳴をあげている。でも、走らなければいけない。後ろから追い掛けて来る男は私を狙っている。理由はわからない。ただわかるのは私を狙っているということだけだった。
路地裏に入ってみる。ここの路地裏はよくは知らない。逃げやすいと思った、ただそれだけなんだけどそれは私の思い違いだったみたい。男はきっとここをよく知っている。後ろから男の足音は聞こえてこなくなった。聞こえる足音は、前からくるものだけだった。
「先回り、したの?」
「あぁ、そうだよ。なんたってここは俺の庭だと言ってもいいくらいなんだ。運が悪ぃなぁ、お前も」
「お前も、って…まさか、」
「何も、怖くねぇ。恨むんなら折原を恨みな、嬢ちゃん」
にぃ、と口の端を引き攣らせて私に顔を向けてくる。それが怖くて仕方なくて私は後ろに後ずさった。
「あんたは、なん、なの」
にやにやにやにや。下品な顔がこちらへ近付いてくる。一歩、二歩。あんたみたいなやつ、私は知らない。でも前から誰かにつけられていた。知らない人からのメールもきてた。すごく不安になって誰かに言いたかったけど、頼りたかったけど、やめた。私に心配をかけさせるのなんて嫌だ。それに、恋人の臨也は仕事で忙しい人だから余計に心配なんてかけたくなかった。全部全部秘密にして頭の隅に追いやって、気にしない、私には関係のないことなんだ、ってしてきたのに。やめて、これ以上近付かれたらもうすぐ壁につきあたってしまう。
やだ、嘘でしょ、助けてよ、臨也…!
「ほんと、あんたは悪くねぇのになぁ。折原が悪いんだぜ?あいつは俺らの、がはっ、う、あ゛ぁ!」
「…結は悩み事隠すの下手だなぁ。はは、俺にはバレバレなんだよね。というか、俺には秘密とかそんなもの出来ないってこと、知ってると思うんだけど、さっ」
目の前まで迫っていた男がこちらへ倒れ込んできた。私は頭を横に動かしてそれをうまく避けると男はそのまま壁に激突、そして崩れていく。後ろには臨也がいた。多分臨也が男になんらかの衝撃を与えたんだろうけど、私はその様子をスローモーションが起きたというように眺めていた。
「ねぇ、君はなんで捕まってたんだ」
「え、うあ、わ、わかんな、わかんないにきまってん、でしょう。理由なら、あんたの方が知ってる、でしょうに」
なんでだかわかんないけど急に目が熱くなって目の前がぼやけてきて、のどがふるふる、と震えてうまく声が出せない。
「ま、君は知らなくてもいいことなんだけどさ。にしても、今の俺はいじめっ子から助けた白馬に乗った王子様、って感じかな」
「うわ、自意識、かじょう。きもいよ、いざや」
「はいはい、言ってなよ」
急に体が臨也の方に引かれてすぽん、と腕の中に入る。臨也の体温の温かさがとても心地好かった。いつもは私のことなんて気にしてもくれないくせに、私は臨也のことが好きで。こんなときばかり、ずるい。こんなことするから、私は臨也のことがもっともっと好きになっちゃうんだよ。