002:壊世に到る〈其ノ弐〉


「――でさぁ、遊戯(ゲーム)をしようよ、皆の衆」
“もっちゃん”が起き上がり、胡坐(あぐら)を掻いて三人の少年を見渡す。一人は壁に背を預け、一人は俯(うつぶ)せの状態で顔を上げ、一人は仰向けのまま、少女を見返す。誰の瞳にも生気らしき灯火は無い。屍か何かと同じような雰囲気が暑さと共に部屋に蔓延(まんえん)していた。
「……どうせまた殺し合いか虐殺だろ? もういい加減飽きたって。そろそろ新しい遊戯やろうぜ」
 応じたのは“エンタさん”。退屈そうに欠伸(アクビ)を滲ませ、汗だくの首筋を手で拭う。
 部屋の外から響いてくる蝉の喚声が、酷く喧(やかま)しく室内に反響している。西日が射し込む窓には布幕(カーテン)が掛かっていたが、まるで布幕をすり抜けるかのように暑さが部屋に充満している。せめてもと窓を開けて風を取り入れようとしたが、摂氏三十四度を超える熱風が仄かに入るだけで現状を打破する事は出来なかった。
 蝉の喚声以外の音が絶えた部屋で、“もっちゃん”は胡坐を掻いたまま三人を見ながら人差し指を立てる。あまりの暑さに湯気が立っているように見えた。
「うん、そう言うと思ったよ。だからさ、これで最後にしようと思う訳だ」
「……最後? もう殺し合いは卒業するの、もっちゃん?」
 気になる単語が少女の台詞に紛れているのを見逃さず、“サラ”が億劫そうに口を開く。背中を壁に預けていると、そこで熱が発生しているかのように更なる汗が背中と壁の間に湧き上がる。一度壁から背中を離してシャツを引っ張ってから再び背を預ける。
 電灯が落とされ布幕も閉めきられていたが、隙間から差し込む西日と、布の幕を透過してきているとしか思えない西日が、室内を薄っすらと照らし上げている。
 ごち、と掛け時計の分針が音を立てて頭を傾ける音が室内に響いた。
「そう。最後の殺し合い。もういい加減さ、生き過ぎたと思うんだよ、あたし達」
 淡々と、「遊び過ぎた」とでも言いたげな口調と声音で言葉を紡ぐ“もっちゃん”。
 少女のそんな投げやりな言葉を聞いても三人の少年には特に感慨らしい感慨が湧かない。彼女はそういう性格で、そういう人間――否、神だと理解していたからだ。今更そんな事を言われても感慨を浮かべられる程には思う事が無い。
 簡単に言えば“もっちゃん”の観念での「人生」とは「遊戯」だ。最終的には「死」と言う名の「ゲームオーバー」にしか辿り着けない、それまで延々と続けられる「暇潰し」と言う名の「遊戯」でしかないのである。
 クリアなど無い。エンディングも無い。どんなに敵を倒しても、どんなに事件(イヴェント)を起こしても、どんなに道具(アイテム)を手に入れても、どんなにフラグを立てても、最後は「死」と言うゲームオーバーで締め括られる、彼女にとっての「クソゲー」でしかない。
「それで?」“りっちゃん”は姿勢を正すと近くに在った座椅子の背凭(せもた)れに背中を預けて、“もっちゃん”を見据える。表情の機微を窺(うかが)わせない、無表情とも取れる、笑っているような顔で。「最後って言う位っすから、面白いんすよねぇ?」
「勿論(モチ)! ……皆が同じ条件で、不平等無く、全員が楽しめる、殺し合いだよっ」
“りっちゃん”の疑惑を解消するように努めて明るく応じる“もっちゃん”。
 尤(もっと)もそれだけでは全員の不審を解消する程の効果は無かったようだ。
「言(つ)ってもよぉ、俺は銃撃戦っつーか、戦闘って巧くねえから、純粋な殺し合いは絶対に俺だけ不利だろ」
 不貞腐れたように自嘲気味に呟いたのは“エンタさん”だった。体格的には寧ろそういう事に手馴れていそうに見えるが、彼にとって肉体労働は嫌いな部類に入る。尤も頭脳労働も似たり寄ったりではあるが。
 要は面倒臭がりなのだ。
「そんなエンタさんでも大丈夫! まずさ、設定的に今から百年後に行おうと思ってるから」
「……気の長い話だね、もっちゃん。百年間も何して過ごせばいいんだよ……」
 ぐったりと肩を落とす“サラ”。暑さも伴い、頭が痛みを発しているような気がする。
 室内の蒸した空気も意に介さず“もっちゃん”は説明を続けた。
「百年間、皆は百年後の殺し合いに備えて準備をするの。分かり易く言えば、仲間を揃えたり、武器を造ったり、もっと凄く言えば国を創ったり、軍隊を揃えたり、ね。そうやって百年後の世界では全員が本気で相手を殺しに行くの」
「……百年も空白(ブランク)が在って、殺し合いになりやすかね。そもそも神が姿形を変えていたら発見する事すら叶わないんじゃありやせんか?」
“りっちゃん”が尤もな事を尋ねるが、“もっちゃん”はそれに対してもちゃんと答を用意していた。
「あたし達は不老不死だから姿形は変わらないじゃない。だから無問題(オケ)。でも名前を変えられたら流石に難しいかも知れないから、名前は固定! あたしは殯(モガリ)で、サラは冴羅(サラ)、りっちゃんは律(リツ)で、エンタさんは閻太(エンタ)、って名前は、――どう?」
“もっちゃん”――殯は長卓(テーブル)の上に散乱していた用紙にボールペンで難しい漢字をスラスラ記すと、三人に見せる。三人の少年は一様に目を眇(すが)めて文字を見るが、やがて不平不満を発する。
「何でもっちゃんだけそのままで、あとの三人は名前が短縮化されるんだよ」とは“サラ”――冴羅の弁。
「あれほど難しい漢字の名前は止めろって言ってるのに……やる気あるんすか?」とは“りっちゃん”――律の弁。
「りっちゃんが律ならもっちゃんはモツだろ。おいモツ。鍋食べてろ」とは“エンタさん”――閻太の弁。
「えーいっ、煩(うるさ)いわ! つかエンタ! 誰がモツだコラ! この暑いのに鍋なんか食ってられるか! とにかく! この名前で全員固定で変更不可能! ずっとそのままぢゃっ!」
 ブーイングの嵐が巻き起こったが、すぐに暑さのために止んだ。再び蝉の合唱が部屋を包み込む。
「……思ったんだけどさ、もっちゃん。俺達って不老不死じゃないか。殺し合うって言っても、誰も死なないから勝負着かないんじゃないのか? 最後のって言っても、最後にならないんじゃないのか?」
 冴羅が「なぁ」と挙手して疑念を提示する。
 殯は「その辺もぬかりは無いぜ」と舌を軽やかに連続で鳴らした。
「そこで登場するのが、〈神騎士(かみきし)〉。神一人に就き〈神騎士〉を二人まで従える事が出来る制度を考えたのよ。色々考えたんだけど、百年後の世界までは〈神騎士〉が出来なくても神は不老不死を約束される事にして、百年経過した瞬間神は〈神騎士〉が最低一人いないと不老不死を剥奪される、ってのはどうかしら?」
「〈神騎士〉っすか。相変わらず名付感覚(ネーミングセンス)を疑っちまいやすが、それはいいとしやして、――つまり神を殺すためにはまず、〈神騎士〉を屠(ほふ)らなくちゃならない訳っすね」
 律が殯の説明を咀嚼(そしゃく)し、自分なりに解釈して告げる。殯は頷いてその解釈を受け入れる。だが、律は糸目を更に眇めて疑念を浮かべる。
「〈神騎士〉がいなくちゃ不老不死は継続できない仕組みは呑み込めやしたが、〈神騎士〉はどうするんすか? 最悪不老が無いと、〈神騎士〉とは言っても人間なんすから、勝手に死んでいきやすぜ」
 律の疑問に、殯は「そうなんだよねぇ」と頻(しき)りに頷く。
「あたしもその辺はどうしようかと思ったんだけど、〈神騎士〉には不老を付属する事に決めるよ。でも当然不死ではない。よって老いて死ぬ事は無くても、病で死ぬ事は有る、って事だね」
「もっちゃんが病で死ぬなんて事を言う奴とは思わなかったな。“刺されて死ぬ事は有る”でいいじゃねえか」
 軽口を叩いたのは閻太。嘲弄を込めた、唇の端を持ち上げた笑みを浮かべて、殯の勃然(ムッ)とした顔を見やる。
「そこ、横槍を入れない! ……まっ、間違いじゃないんだけどね。危害を加えなくても死んじゃうかもよって暗喩(あんゆ)よ、別にどっちでもいいじゃない」
「へぇへ」ぞんざいな口調であしらう閻太。
「…………。――それでね、もう少し神に制約を施そうと思うの。神は〈神力(しんりょく)〉を一切使えない、ってのはどう?」
「神の力が使えないのか? じゃあ殺し合いってのは完全に武器か己の肉体に頼らざるを得ない訳?」応じたのは冴羅。
「まぁそんな感じだけど、そこで出てくるのが〈神騎士〉な訳よ」にま、と笑みを浮かべて人差し指を立てる殯。指を得意気に振り、説明を続ける。「〈神騎士〉には従わせている神が一つだけ〈神力〉を与える事が出来るの。一つだけよ? それに与えられる〈神力〉も不死とか無敵とか、そういう均衡破壊(バランスブレイカー)的な〈神力〉は不可能(ナシ)にしておかないといけない訳だけど……どうかしら?」
 蝉の鳴き声が部屋を蹂躙(じゅうりん)している、昼下がりの部屋に一時の沈黙が流れた。
「センセー、一ついいっすか」沈黙を破って挙手したのは糸目の少年、律だった。
「はい、どうぞー」余裕を感じさせる微笑を浮かべて応じる少女、殯。
「〈神騎士〉が持てる〈神力〉は皆で考えるとして……例えばっすよ? もっちゃんがAを〈神騎士〉にした後に、俺がそのAを〈神騎士〉にしたくなった時はどうなるんすか? 奪い取るんすか、それとも?」
「いい質問だね」うんうんと満足そうに頷いて殯は顔を上げた。「〈神騎士〉は奪えない事にしておくよ。一度Aがあたしの〈神騎士〉として従ったら、二度と他の神には従えない、つまり〈神騎士〉は重複できない、って事だね」
 なるほど、と律は頷いて再び沈思に入る。
「はーい、センセー。俺からも質問」今度は、眼鏡の少年、冴羅が挙手した。
「んにゃ、どうぞー」再び笑顔で話を促す殯。
「〈神騎士〉はどうやって従えさせるんだ? 従うって言っても色々あるだろ? 〈神力〉を与えた時点で〈神騎士〉になるのか?」
「んー、そだねぇ」一瞬悩む素振りを見せるが、すぐに顔を上げる殯。「それじゃあ手順を踏んだら〈神騎士〉として従えさせる事が出来る、と言うのはどうだろう? 例えばAを〈神騎士〉にする時は、『A、汝を我が騎士として迎え入れる、その覚悟はあるか?』的な事を神が言って、Aが『我、殯の騎士として仕える事をここに誓う』とでも言えば儀式完了で、〈神騎士〉として〈神力〉を授与する事が出来るってのはどうだろう?」
「んー……まぁ悪くないと思うよ」
 話を聞いた直後は考え込む素振りを見せる冴羅だったが、すぐに眼鏡を押し上げて得心したように頷いて応じた。殯はその反応に心なしか安堵(ホッと)した。
「モツ鍋、俺からもいいか?」最後に挙手したのは無精髭の少年、閻太だった。
「誰がモツ鍋だグルァ! 殯かもっちゃんと呼べ! ……で、何?」ツッコミつつも渋々応じる殯。
「〈神騎士〉は一度選んだらもう変更は利かないのか? 例えば始めは〈神騎士〉にしたAと仲が良かったけど、後で裏切りそうになったらAに〈神騎士〉を辞めさせる、とか」
「あぁ、それは不可能(ナシ)。一度〈神騎士〉を選定したら、もう二度と変更は利かないって方針で。じゃないとややこしいじゃん」
 ふぅん、と気の無い返事で応じる閻太。
 一通り質問を受けたと感じた殯は更に話を進める。
「序(つい)でに説明しとくと、不死は今までみたいに死んだら別の場所で復活、って感じじゃなくするよ。それは流石にやり過ぎな感じがするしね」
「じゃあどうするのさ?」冴羅が小首を傾げて尋ねる。
「基本は自己再生――心臓を破られても、脳味噌破壊されても、その場で勝手に修復される。でも腕や足が切られたりして自分の体から部位が離れた場合、切断後の経過時間に関係無くそれは三分間接合しないと再生しないの」
「面倒この上ないっすね」律が嘆息混じりに呟く。
「まあね。接合しないと再生しないとは言っても、体から離れた手足が消滅……つまり溶解、焼却、分解などなど、原形を留めなくなったりした場合は本体から生えてくる事にするよ。じゃないと不死とは言え手足が無いまんまになっちゃうしね」
「要は相手の行動を制限したい時は手足を切り取るだけで、焼却(もやし)も融解(とかし)も解体(ばらし)しなけりゃ良い訳だ」閻太が半眼で殯を見据えつつ腕を組む。
「そゆ事♪ でさ、百年後の殺し合いを始める前に、もいっこ大切な事が」
「何?」「何すか?」「んだよ?」三者三様の反応を見せる少年達。
「百年後の世界から見た今って百年前の世界でしょ? その百年前の世界で一度世界を滅ぼすの。言ってしまえば遊戯の盤上を新しく造り替えるのね。遊戯の範囲(ステージ)が全世界じゃ探し出すの面倒過ぎるし、逆に一国だけって設定は何か味気無いし。そこで一度全世界を滅ぼして、遊戯のし易い環境を整えて、百年後に遊戯盤の上で遊戯を行う……って、どうかな?」
 屈託の無い笑みで尋ねる殯に、冴羅はガックリと項垂(うなだ)れて嘆息を漏らした。暑さのためだけとは思えない疲労を感じさせる、溜息だった。
「世界を滅ぼすとか軽々しく言っちゃってさ……世界が可哀想だろ?」
「世界に同情の目を向ける神を初めて見やした」軽口を叩く律。
「全世界を滅ぼすっ言(つ)っても、滅ぼし様に因(よ)っちゃ遊戯にならねえんじゃねえのか? 人類が滅亡しちまうと〈神騎士〉を手にするどころか遊戯にすらならねえぞ」
「そこはほれ、あたしの神としての裁量次第って奴でしょ♪」
「外道……」「だから世界は腐ってるんすね」「最低だな。寧ろ最低だな。つか最低だな」吐き捨てるように冴羅、陰影の浮かぶ笑顔を浮かべる律、無表情のまま連呼する閻太と続く。
「がーっ! 煩いわよその辺! ……でね、大陸とかも色々変更するつもりよ。その方がファンタジーって感じがするじゃない! 新世界って感じね!」
「……好きにするといいよ」「世界は自分を中心に回ってると思ってるから神なんすかねぇ」「自分に迷惑が掛かるまで気づかない型(タイプ)なんだろ」
「えぇいそこぉ! いいから黙りなさい! あたし今かなーり大事な話してんのよ!?」
「分かった分かった。それで? 世界を滅ぼして百年の間に復興させて、そしてまた百年後に世界が滅びる程の殺し合いを繰り広げたい訳だ、もっちゃんは」
 冴羅の要点だけを述べた説明に殯はぐうの音も出なかった。
「……そ、そうよ。何か悪い?」
「悪いって言うか、トコトン最悪だよね」
 冴羅が周りに意見を求めるように首を振ると、二人とも「全くだ」と言わんばかりに頷いて応じた。
 殯は拗(す)ねたように沈黙したが、やがて律が鼻から息を吐き出して、どこか諦念の混ざった苦笑を浮かべて告げた。
「ま、もっちゃんが突拍子の無い事を言い出すのは今に始まった事じゃありやせんし。皆がやるならやりやすぜ、俺は」
「同じく」挙手して律の言葉を継ぐ冴羅。「それに、これで終わりなんだろ? ……俺達も」
「はんッ」鼻で笑うと閻太は起き上がり、殯を見て腕を組む。「最後の最後にクソ面倒な事させやがって。ま、これで終わりだっつーんなら付き合ってやってもいいぜ」
 三人の視線を受けつつ殯は「にぃ」と不敵な笑みを浮かべると、ぱんっ、と両手を合わせた。
「それじゃあ、あたし達四人の最後の殺し合い、題して――【神戯(しんぎ)】を始めましょう」

◇――◇――◇

「やっぱり名付感覚は最悪っすね。どうにかなりやせんか、そのセンス」
「無理は言っちゃいけないよ、りっちゃん。もっちゃんだってアレで必死なんだから」
「あー、だりぃ。百年も何すりゃいいんだよ、ッたく……」
「……皆、やる気有る、わよね?」


【壊世に到る】――了

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