001:壊世に到る〈其ノ壱〉


「――ねぇ、遊戯(ゲーム)しない?」
「…………」

 世界――少女の何気無い一言でもその場に居合わせた全員に響き渡る程の、少女の自宅の一部屋と言う極限られた、息苦しささえ覚えかねない酷く狭くて小さな世界。
 そこに突如として湧いた少女の声に、興味を懐(いだ)いて耳を貸す者は誰一人いなかった。
 端的に言うとその世界は暑さで茹(ゆ)だっていたのだ。異常気象と言う訳でも無いだろうが、その矮小(わいしょう)な世界はまるで天火(オーブン)の中のように熱せられ、寝転がっている若者達をじりじりと炙(あぶ)った。
 西日がマトモに射し込む部屋の蒸し風呂染みた暑さは、息苦しさを通り越して酸欠寸前にまで陥りそうな熱量を誇る。
「……ねぇ、遊戯しよーよー」
 少女の催促するような猫撫で声。その場に居合わせた全員に届いている筈だが反応は絶無だった。
 何度も言うまでも無いが、皆暑さでダレていた。どうしてこんな場所に来てしまったのかと自分の行動の迂闊さに悔恨を懐きながら、ただ無気力に銘々(めいめい)寝転がっている。
「……遊戯って、何するの、この暑さで……」
 少年の声が応じる。少女と同じく、少年と青年の境にあるような、年齢の判然としない若者然とした声。その中に落ち着きと若干の年寄り染みた緩慢さが窺(うかが)える。
 少女の声に応じた少年は緩慢な動きで起き上がると、何度目になるか分からないが部屋の状況を確認する。
 六畳の部屋は雑然としていた。寧ろ混沌(こんとん)と言ってもいいだろう。たった六畳の空間に四人の若者が力無く伏している。清々しい程に無気力を全身で表現する姿が少年の眼鏡の奥の双眸(そうぼう)に飛び込んでくる。
 畳敷きの床の上にはゲームのソフトが入っていたであろう紙箱(パッケージ)、その攻略本と思しき分厚い辞書のような書籍、新作ゲームの評価や感想が掲載されている雑誌、更には雑多な漫画や小説などの文庫本までもがばら撒かれ、足の踏み場も無い様相を呈している。
 部屋の中央に鎮座している足の低い長卓(テーブル)の上には結露しきって元来の冷気と美味しさを完全に失っている二リットル容量のペットボトル、飲物を配った硝子(ガラス)製のコップ四つ、そしてゲームに必要な様々な物を記した書類が散乱している。
 同じ光景を先刻も確認した少年だったが、再び見直して何の変化も無い事を確認すると、汗でズレた眼鏡を押し上げて頭上を見上げる。冷房装置(クーラー)が天井の近くに設置されていたが、動く気配は全く無く沈黙を守っている。
「……もっちゃん。何でもいいから冷房装置点けようよ……」
 眼鏡を押し上げた少年は、四人の中の紅一点である少女に声を掛ける。
“もっちゃん”と呼ばれた少女は満面に汗を滴らせながらぐったりと仰向けに寝転がり、眼鏡を掛けた少年へと視線を向けてきた。
 少女は声の通り少女から青年へと成長する段階を踏みつつある、歳相応の美貌と可愛さを同居させた、見ようによっては軽薄な男が声を掛けてきそうなタイプの、美少女とは言えないが醜女(しこめ)とも違う、“微少女”とでも言うべき少女だった。
 少女は気怠(けだる)そうに眼鏡の少年を視界に捉えると、焦点の定まっていない、胡乱(うろん)な眼差しを向ける。億劫(おっくう)そうに口を開けると、
「……サラ、何度も言わせないでよ……冷房装置は壊れてんの。明日には業者さんが来るから、それまで待ちなさい……」
“サラ”と呼ばれた眼鏡の少年は、確かに何度目かになる“もっちゃん”の返答を聞いて、溜息を零しながら頬を垂れてきた汗を拭った。
“サラ”は四人の中で一番の長身を誇り、百八十センチを越える上背を有していた。その割には線が細く、巨木と言うよりは枯れ木と言った印象が強い。髪に癖が有り、見ようによっては髪の毛が外周をぐるりと回っているように映る髪型をしていた。
“サラ”は「あちぃ」とぼやきながら部屋の入口付近に倒れている少年へと目を向けた。
「だってさ、りっちゃん。どうする?」
 入口付近に伏せっていた少年は、「うぁー」と言うだけで、それ以外は特に反応らしい反応を見せなかった。手許には携帯電話が握られ、片手で素早くボタンを叩いている。液晶画面が目まぐるしく変化するので、操作しているのは分かるが何を行っているのかは定かでなかった。
「――つか、せめて扇風機でも点けたらどうっすかね。流石(さすが)にこのままじゃ、神と言えど熱中症でお陀仏(だぶつ)じゃないっすか?」
 携帯電話を操作しながら応じる少年“りっちゃん”。その上体が僅かに持ち上がり、笑っているように見える糸目の顔を少女と眼鏡の少年の方へと向ける。愛嬌のある顔で、見たままを言えば穏和そうで、それでいて快活そうにも思える。
 それに応じたのは“もっちゃん”でも“サラ”でもなかった。四人の内の最後の一人。
 少女の隣でぐったりと仰向けに倒れている少年は顎から頬に掛けて大量の無精髭を生やし、体型も巨漢と称すべきもので、その印象は“熊”が一番近い。“サラ”程の背丈は無いが、肩幅が広いためか一番年長者の風貌をしていた。
 その少年は仰向けのまま、天井を見つめながら皮肉っぽく口唇を歪め、自嘲とも取れる口調で呟く。
「つか、何で神が夏の暑さ如きで死にかけてんだよ、有り得ねえだろ」
「……まぁまぁ落ち着いてよエンタさん。神だって暑さで死ぬ事も……」
「ねーよ」
“エンタさん”と呼ばれた熊の少年は嘲弄を込めた笑声を上げる。

 ――――神。

 それは単なる彼らの冗談(ジョーク)や虚構(フィクション)の話ではない。酷く現実味の無い、全く以て信じ難い内容ではあったが、紛れも無い事実だった。
 四人の少年少女“もっちゃん”“サラ”“りっちゃん”“エンタさん”は皆、神だった。
 世界に四人しかいない、絶対神だった。
 比喩などではなく、彼らは万人が思い描くような神で、運命を司ったり、生死を司ったり、世界を管理したり、それどころか世界を創造さえした、神と言う存在なのである。
 そういう彼らも元は人間だった。が、とある事件を境にして様々な事件を介し、色々と端折(はしょ)るが、やがて――世界を統べる神と成った。
 世界には彼ら四人を除いて神は存在しない。かつて存在していた他の神は、彼ら四人が残らず殲滅(せんめつ)した。故に現存する神は今述べた四人しかいないのである。
 理不尽と呼べる状況だが、認めざるを得ない現実だった。世界を管理すべき神はたったの四人しかおらず、その四人が何故か小国の片田舎の民家の小さな部屋に集まって、夏の暑さに茹だっているのであった。

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