Episode001:【Chapter05】〈夢落人〉〜ドリーマー〜

「えと、確認するけど、ここ――“境界塔(きょうかいとう)の都・スライトン”の北にある“初夢王(はつゆめおう)の都・ファストム”に、“ビズギナル王”がいる王城・【初夢城(はつゆめじょう)】が在るんだな?」
 鄙(ひな)びた雰囲気が漂う街――スライトンを、コロロを先頭に散策しながら俺は隣を歩いている幼女にしか見えない“最強の魔法使い”に声を掛けた。反対側にいる〈夢喰い〉の女は自分に確認を求めたのかと思って振り向くが、俺の視線がライアに向いていた事に気分を害したのか、「ちッ」とこれ見よがしに舌打ちしてきた。……でも多分だが逆月(サカヅキ)に訊いても「二度も言わせるな」って憤慨されるんだろうナァ……俺にどうしろと……
 右隣を小さな足を使って俺達の歩幅に合わせるようにチョコチョコ動かしていたライアが「ふむ?」と俺の声に気づいて首を曲げて俺を見上げてくる。その挙動はまさにその年代の娘ならではの可愛さがあったが、すぐに大人びた微笑を浮かべると頷いて子供らしさを消した。
「その通りだよ、正確に記憶しているようで何よりだ。現時刻は――」と言って幼女は頭上を見上げる。「――午後2時と言った所かね。今から徒(かち)で向かえば明日には到着できるだろうね」
「え」思わずライアの顔を見つめてしまう。「ちょ……と、待ってくれ。明日? ――あー、そうか。んじゃ、リアルの時間に換算したら何時間ほどだ? いや、何十分くらい?」
 オンラインゲームとリアルの時間が同じと言う事は早々無いだろう。1日が1時間ほどで終わるゲームもある位だ、今回もそういう意味での“明日”なんだろうと俺は納得した。
 にも拘らずその発言を受けた3人の女プレイヤーは俺を見て不思議そうな顔をしている。あれ? 俺何か変な事を言っちゃったのか……?
「……ふむ」難しそうな顔で顎に指を添えるライア。「――コロロ君。もしかして君は、彼に〈夢落ち〉の話をしていないのかね?」
 話を振られたコロロは「えへへ〜♪ その方がいいかな〜って♪」と悪びれた様子も無く後頭部を掻き始めた。
「……さっきも聞いたけど、〈夢落ち〉って何ぞ?」俺は眉根を顰めてライアに視線を向ける。
「〈夢落ち〉とは――」とライアが説明を始めようとする直前、逆月がその頭に手を載せる。「そう言やお前、〈ドリーマー〉の事を“プレイヤー”って呼んでたな。そりゃ合ってると言や合ってるが、【夢世界】でその単語は間違ってる」
 頭を押さえつけられたライアは不機嫌そうに頭の上に乗った手を退かそうとするが、腕力が違い過ぎるのか逆月の手は微動だにしない。膨れっ面をするほど幼くないのか、ライアは諦めたように肩と共に嘆息を落とした。
「? プレイヤーじゃないとしたら何なんだ?」意味が判らないと右手を引っ繰り返す。
「言ってるだろ? 〈ドリーマー〉だ。あたしらは“プレイヤー”じゃない」
「?」理解不能だと両手を引っ繰り返す俺。
「透耶(トウヤ)君、君は説明が下手なのだから空回りせずに私に任せておきたまえ」澄まし顔で逆月を見据えるライア。
「うるさいな。偶にはあたしにも説明させろ」怪訝な表情を滲ませる逆月。
「――さて、アーク君。君はナヴィから大切な話を聞く前に【夢世界】へと“落ちてきた”ようだね。そこで、だ。私から改めて説明をさせて貰おうと思うよ。――何、難しくも長くも無い話だ。構える必要は無いさ」
 ライアが朗らかな笑顔で告げるのを見て、警戒心を解くと共に一体俺はどんな大事なチュートリアルを聞き逃したんだろうと戦々恐々とした想いを懐(いだ)かずにいられなかった。
 俺の表情を見てライアは確認するように優しげに笑むと、真顔になって話を始めた。
「――率直に言おう。ここは架空(ゲーム)の世界ではない。現実(リアル)の世界だ」
 間。
 俺は暫し思考を凍結したまま、ライアの童顔を見つめ続けた。
「……私に惚れたら犯罪だよ?」頬に朱を差すライア。
「惚れるか!!」全力否定して我に返る俺。「は!? いや、ちょと、待て。これ、ネトゲだろ? オンラインゲームだろ? ――あ、確かに中の人はリアルの人だから、そういう意味では確かにリアルだけど……」錯乱する俺。
「聞こえなかったかね? ここはネトゲの中でも、オンラインゲームの中でもない。――現実だ」
 ライアの声が妙に重たく聞こえる。からかわれているのだと思って乾いた笑声を上げようかと思ったけれど……どうして皆真顔なの?
 俺が言葉を失っている間に逆月が醒めた瞳で俺を射抜いてきた。
「お前も〈ドリギア〉を使ってログインした輩なんだろ?」
「――そうそう! だから〈ドリギア〉を外せば――」我が意を得たりと逆月を指差す俺。
「〈ドリギア〉とは人間の精神と肉体を乖離(かいり)させる装置……君はこの【夢世界】に精神だけを“落とされた”んだ。そういう者を私達は〈ドリーマー〉と呼んでいる。元の言葉は“夢に落ちてきた人”――〈夢落人(ゆめおちうど)〉にルビを振る形で〈ドリーマー〉と呼ぶようになったんだよ」
 そこまで説明を終えるとライアは柔らかな微笑を滲ませた。
「いきなりこんな事を言われてもすぐには理解できないだろうね。案ずる事は無い、現実はどこにも逃げないのだから。君はゆっくりとこの世界――【夢世界】に馴染んでいけば良い」
 俺の思考はフリーズしたまま動かないんだが。
 顎を人差し指で掻いて頭上を見上げる。地上が明るいから太陽が出ているのかと思ったが、そう言えばそうではなかった。薄い靄(もや)が空を覆い、柔らかな光が揺れるように降り注いでいる……まるで海底から空を見上げているような光景だ。不確かな光は空一面に広がり、太陽のように中心的な光源が在る訳ではなかった。
「…………少し、確認させてくれ」俺は目許を掌で覆って俯(うつむ)いた。
「ふむ。確認してやってもいいぞ」尊大な態度のライア。「ボクも手伝ってあげる〜♪」嬉々とした声でコロロ。「さっさとしろ」突き放すように逆月。
「……その……ログアウトの方法は……」姿勢を崩さずに口だけ動かす俺。
「ボクは知らないよ〜♪」「お前だけじゃなくて誰も知らないだろ」「現段階で知る者はいない事になっているね」
「……現実世界の……俺の肉体は……どうなってるんでしょうか……」
「ボクは知らないよ〜♪」「……お前、答える気が端からねえな?」「ナヴィの説明では、元の宿主が取るべき行為を遵守する、言わば“コピー”の精神が代わりに生活してくれるそうだよ」
「……元の世界に戻るには……」
「ボクは知らないよ〜♪」「あたしも知らん」「それは誰も知らない事だね」
 …………ゲームの中でやけにリアルだなー、とは思ってたんだよ。痛みまで再現されてるって時点で何かおかしいとも気づいてたんだよ。でも……まさか……てかそんな発想は……
「……よし、判った」俺は一つ頷いた。「まずはログアウトの仕方を教えてくれ」笑顔で3人を振り返る。
「何も判ってないじゃん!」コロロが透かさずツッコミを入れてきた。
「今だけはここがゲームの世界だと勘違いしていても構わないよ。何れ現実を直視せざるを得なくなるのだからね」ニッコリ笑顔でライア。
「確認は終わったか? だったら出発だ。とっととクエストを終わらせて報酬を貰おうぜ」首根っこを掴み、俺を引き摺るように歩き出す逆月。
「なるほど……非現実って現実の延長線上にあるんだな……ねぇ、ドッキリじゃないんだよね? ねぇ?」首根っこを掴まれて引き摺られながら問う俺。
「――そう! これはドッキリなんだよ!」意気揚々とコロロ。「だから今散財してもちゃんと戻ってくるからさっ、ボクに全財産預けてみないっ?」
「ドッキリじゃなかった時のダメージが途轍(とてつ)もないんだが」呆けた顔の俺。
「ドッキリならお前を斬殺しても蘇るから問題無いよな?」口唇に不吉な笑みを刻む逆月。
「ごめん、ドッキリじゃない事はよぅく判ったから刀から手を離して!? こんな事で死にたくない!! ドッキリを確かめるために死ぬとか嫌過ぎるッ!!」
 ……まだ完全に信じた訳じゃないけれど。
 俺、気づかない内に【夢世界】に“落ちちゃった”みたいです。

◇――◇――◇

「ここを抜けたら……遂にモンスターのいる領域か」
 スライトンの北部にある大きな門の前に俺達は来ていた。門の大きさは、幅が馬車や荷車が楽に往来できる程で、高さが5メートル位はあるかな。門の上には哨兵(しょうへい)なのか弓や槍を持った兵士然とした人間が見回りしている。ただ露骨に兵士然としている訳じゃなくて、傭兵なのかどうか判らないけれど、私服の者や明らかに浮いた服装の者も一緒になって見回っている所を見るに、どういった者がする職務なのかよく判らない。
 門は開放されていて、そこを無数のプレイヤー……じゃなかった、〈ドリーマー〉が行き来している。人を丸呑みできる大きさのオオカミに乗った巫女が門を抜けて広大な草原を走って行く姿が見えたり、十人近くの忍者っぽい集団が笑いながら帰還する姿が見えたりと、街中並みのフリーダムな光景が広がっている。
「流石にファストムまでの道程で強いモンスターは出ないよなっ?」
 自分の格好――黒色の学生服一式に腰に短剣を差した姿を見下ろして、周囲から浮いているようで実は誰も気にしてないだろうと再認識して3人に声を掛ける。反応したのはライアではなくコロロの方が先だった。
「大丈夫だよっ! 強い敵が出てきたら真っ先に逃げるから〜♪」親指を立てて笑顔のコロロ。
「何が大丈夫なのか詳しい説明が欲しい所なんだが……まっ、逆月がいるから大丈夫だよなっ?」にへら、と笑いながら逆月に振り返る。
 逆月はそんな俺の笑顔を見て、鼻で嗤った。「あたしはピンチになるまで戦うつもりはねえ。精々死なないように努力するんだな」
「うぇ〜?」苦笑混じりに反応して、――はたと気づく。「てか、ちょっと待ってくれよ。逆月が戦わなかったら、戦力って俺だけじゃね?」
「頼りにしているよ? 新米リーダー君」穏やかな笑みを向けてくるライア。
 ……これはあれだな。雑魚戦で俺だけ死ぬパターンだ。そうに違いない。
 暗澹(あんたん)たる嘆息を漏らしながら俺は門の外へ向かうべく足を進めた。追従するように3人が歩き出す。何も聞かなかったが、門を潜る時に手続は要らないのかな? と思い、恐る恐る門を潜ったが、門衛に声を掛けられる事も無くすんなりと街の外へ出た。
 茫漠(ぼうばく)と広がる草原。街道と思しき舗装された道以外はくるぶし程の高さまで雑草が茂っている。見渡す限りに続く緑色の絨毯(じゅうたん)にちょっとした感動を覚えそうだった。昔旅行で行った北海道の記憶が思わず蘇る。
 左側――方角的には西――には朧気にだが山が見える。天候……がこの世界にあるのか知らないが、空気が澄んでいるのか遠方まで視野が伸びている事と、山の規模が相当なのか薄っすらとしか見えない山脈だが、天を貫かんばかりの高さを有している事が見て取れる。
 右側――方角的には東――には延々と草原が広がり、地平線が見える。北海道に続き二度目の地平線を見た。
 そして前方――方角的には北――にも東側同様広大な草原地帯が広がっている。街道が奥へ奥へと伸びているのだが、隆起したり陥没したりしている地面のせいで最奥まで見通せない。
 街道には疎(まば)らに〈ドリーマー〉の姿が覗(うかが)える。馬車のように人間を乗せるタイプの乗り物を牽いている生物は何もウマだけじゃなかった。大きい物で言えばゾウや恐竜の親戚みたいな奴。中型ならオオカミやトラ、クマやウシなども見受けられる。
 街道を逸れると、俺と同じ“落ちてきた”ばかりの〈ドリーマー〉なのか、俺がさっきまで着ていた地味な服を纏った人間が雑草の間に生えている草花を摘み取っている姿や、モンスターの一種なのかウサギのような生物と戦っている姿が見受けられた。
「ほぅ……」まさしくゲームの世界だナァー、と俺は感慨深げに吐息を漏らす。
「どうした?」立ち止まって呆けた顔をしている俺を不思議に思ったんだろう、背後から逆月の声が飛んできた。
「いや……」小さく頭を振って振り返ると俺は3人を改めて見つめた。「思ったんだけどさ、お前らも……【夢世界】に落ちてきた〈ドリーマー〉なんだよな? 元の世界に帰りたいとか思わないのか?」
 3人は互いに視線を交えると、「そだねー」とコロロが最初に口を開いた。
「元の世界に帰りたくてガンバってる〈ドリーマー〉も多くいるけど、ボクは戻りたいとは思わない方かもー」人差し指を口唇に添えてコロロ。
「右に同じだ。元の世界に帰るつもりはねえ。【夢世界】で生きて、【夢世界】で死ぬ」醒めた表情で俺を見据える逆月。
「元の世界に何かしら辟易(ウンザリ)していた者にとって【夢世界】は居心地がいいのだろうね。私も彼女らと同意見だよ。元の世界か【夢世界】か、どちらかを取れと言われたら迷う事無く【夢世界】を選択するだろうね」涼しげな顔でライア。
「そっか。皆は【夢世界】容認派なんだな」一つ頷いて確認する。「俺も元の世界に未練が無い訳じゃないけど……今は現状を愉しむ事を優先しようかな。こんな非現実、二度と味わえないだろうし」
 にへら、と笑む俺に、コロロとライアは朗らかな微笑を、逆月も呆れた風に笑みを零した。
「非現実など存在しないよ、アーク君。非現実とは、実在しない現実だからこそ“非現実”なのだから、現状は“現実”――そうじゃないかね?」
 澄まし顔のライアに、俺は「かもな」と頷き、視線を茫漠と広がる草原へ投げた。
 非現実とか現実とか、そんな事がどうでも良くなるような心奪われる景色を眺めて俺は大きく息を吸い込む。草花が発する青臭さと多くの人が往来するために立ち昇る土煙、彼らが発する匂いが混ざった、どこかで嗅いだ事が有るようで初めて鼻腔を衝く臭気に、俺はやっと現実に意識が追いついたような気がした。
 3人を肩越しに振り返り、右手を振り上げた。
「そんじゃま――クエストを始めようぜ!」
 はにかんで告げた俺の言葉に3人は同調するように足を踏み出す。
 俺――アークが体感する初めてのクエストが幕を開けた。

◇――◇――◇

「いや、だからビズギナル王に逢わない事にはクエストは始まらないのだよ、アーク君」
「これからどんな危難に見舞われるか、今から愉しみだな」
「安心してよアークくんっ! 何か遭ったら一目散に逃げてみせるから!」
 ……まるで生きて帰れる自信が無い……

…Continued on next episode…

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