Episode001:【Chapter03】問題児ばかり増えていく

「やっぱり回復職か支援職が欲しい!」
 酒場を後にした俺は2人の女プレイヤーに声を投げた。俺の金で買ったチョコバナナを食べながらコロロが小首を傾げる。
「欲しいって言っても、透耶(トウヤ)ちゃんみたいに勧誘するのぅ?」チョコバナナをペロペロ舐めながらコロロ。
「それ以外に仲間を募る方法が有るなら先に教えてくれると助かるんだが」コロロを見てると空腹感を覚えそうになるな、と俺は思わず腹を摩(さす)った。
「あたしが言うのも何だが、このパーティに参加する〈ドリーマー〉がいるとしたらよほどの輩だろうな」
 隣を歩く逆月(サカヅキ)に視線を向けると、やっぱり大きかった。モチロン身長が。180cmに届くのではないだろうかと思える高さだ。……いや、胸もそこそこ有るけど……げふんげふん。
「どういう意味だ?」胸から視線を外し、見上げる高さに有る逆月の顔を見やる。
「どういう意味も何も、さっきのあたし達の話を聞いてなかったのか? 〈寄生の死神〉に〈増悪の戦狂い〉……挙句パーティリーダーがDR1の超初心者と来たら……マトモな〈ドリーマー〉なら二の足を踏まない方がおかしいと思うがな」
 確かに、と俺はすぐさま納得した。……てか思うに、俺は既に死亡フラグを乱立させている気がする。このままクエストに行けば間違いなくオダブツなんじゃ……
「……つまり、もうこれ以上の増援は期待できない、と……?」溜息混じりにガックリと肩を落としてしまう。
「それはお前のガンバり次第じゃないか? あたしは3人で構わないからな」
「ボクはどっちでも〜♪ あっ、でもっ、仲間が多い方が逃げ易いから、やっぱりもっと仲間が多い方がいいナァ〜♪」
 2人のあまりにあまりの対応に俺は途方に暮れそうだった。どうしたらいい、この劣悪な環境。明らかに人選ミスだよ! どうしてこうなった!
 とか思いながら、それでも周囲のリアルな映像に妄想を膨らませて何とかストレスから逃げようとして――「ほう、面白い組み合わせだね」――不意に下方から声が聞こえた。
 視線を地面へ向けると、逆月とは対象的な幼児体型の少女が腕を組んで俺を見上げていた。
 濃緑のローブを身に纏った身長130cmほどの少女……いや、幼女と呼ぶべきだろうか。薄緑の髪を隠すようにフードを被り、前髪から覗く翠瞳は円(つぶ)らだ。短い手足に、色白の肌。
 プレイヤーネームを見ると黄緑色の文字で“Liar”と綴られている。“ライア”と読むのだろうか。直訳すれば“嘘つき”になるが……
 幼い女プレイヤーと視線を合わせるために俺はしゃがみ込む。“ライア”は俺と視線を合わせると大人びた表情で口唇に笑みを刷(は)いた。
「言われずとも跪(ひざまず)く姿勢は好感が持てるよ、アークとやら。私はライア。最強の魔法使いだよ」
 魔法使い! と思わず歓喜の声を上げそうになるが、――何この尊大な態度の女の子。いやまぁ、【夢世界】に来て真っ先に出逢ったプレイヤーがコロロと逆月だから、あまり違和感も無いんだけどさ。
「最強の魔法使いかぁ。――あ、と。俺はアーク。さっき初めてログインした初心者なんだ」
 す、と右手を差し出すと応じるようにライアが小さな手を差し出し、握手を交わした。さっきもコロロとしたが、握手――手が触れ合う感触までリアルで俺は妙な気分になった。
「――ほう、〈夢落ち〉したばかりで早くも有名な〈ドリーマー〉に遭遇した訳かね。さぞかし良いリアルルックを持っているんだろうね」
 ふふ、と大人びた笑みをローブの袖で隠すライア。外見と仕草が一致しないためか、俺は違和をバリバリに感じつつ、――嫌な予感がした。
「…………えー、と。ライアも、もしかして……有名なプレイヤーだったり、する……?」返答に怯えつつ問わずにはいられなかった。
「ふむ? ――最強の魔法使いが有名でなければ、一体どうしたら有名になるのか是非ともお聞かせ願いたいね」澄ました笑顔でライア。
「ライアちゃんはね〜、やたらと口を挟んでくる割には、なーんにもアクションしないで、ただ見守ってるだけの〈ドリーマー〉なんだよ〜♪ パーティに一切貢献しないから、付いた渾名(あだな)が〈口先の傍観者〉〜♪」朗らかな笑みでコロロ。
 また問題児が増えた。
「……アークとやら。顔に“また問題児が増えた”と書いてあるよ」ジト目でライア。
「マジでか!? ちょっ、どうやったらその文字消える!?」焦りながら顔を隠すように両手で覆う俺。
「あー、アークくん、本当にそんな事思ってたんだー! ヒドい奴だーっ!」俺を指差して意地の悪い顔をするコロロ。
「ちがっ! ……いや、違わないケド。――いやいや違うんだ!」
 焦燥に駆られながらアタフタし始める俺を見て、3人の女性プレイヤーは冷ややかな視線を送ってくる。ぐぁあ……ハメられた……
「――ふむ。これも何かの縁だ。私も付き添わせて貰おうではないかね。モチロン、タダでとは言わない。5000ムェン払ってくれてもいいよ」澄ました笑顔で手を差し出してくるライア。
「俺が払うの!? 接待!? 接待プレイなの!?」思わず頓狂な声が出ちゃった。
 仲間が……否、問題児がまた増えたみたいだ。

◇――◇――◇

「……えーと、ライアは魔法使い、なんだよ、な……?」
 街路を歩いているだけで分かる。往来の人達の殆どが俺達から離れるように行動するのが。もう明らかに浮いている。物珍しげに見られている事に若干疲労を感じつつあった。
 そんな空気を全く意に介さないのか、――いや、既にもう順応してしまっているのか3人の女性プレイヤーは威風堂々と街路を突き進んでいる。ここまで胸を張って歩かれると本当にダメな人達なんだな……とまた嘆息が出そうになった。
「何度言わせる気かね? 私は最強の魔法使い、最強の魔法使いだよ。解ったかね? 最強の――」
「ごめん、大事な事だって判ったからそこまで連呼しなくていいよ……」
 寧ろお前は何度言う気だ、とツッコミを入れたくなったが、敢えてスルーの方向で。
 ともあれ何やら俺の妄想どおりに仲間が加わってくれてちょっと嬉しかったりする。……まぁ、性格云々(うんぬん)はこの際眼を瞑(つむ)ろう。クエストさえクリアすればそれでこのパーティとはお別れになる事だし。
「――よし! メンバーも揃った事だし、いっちょクエストを始めてみますか!」
 ぱんっ、と両手を打ち鳴らして声を張り上げると、3人の女性プレイヤーの視線が俺に集中した。
「よーし、ガンバるぞーっ!」呼応するように腕を振り上げるコロロ。
「あぁ、とっとと始めてくれ」やる気の無さそうな逆月。
「威勢良く始めるのは構わないが、クエストはどこで始まるのかね?」腕を組んで俺に視線を投げかけるライア。
 空気が固まった。
 俺は頭の上にクエスチョンマークを飛び上がらせると、ライアへ視線を向ける。「ほぁ? てーと……どこかにダンジョンとかが有るんじゃ……?」
「――そうか、君は〈夢落ち〉したばかりの〈ドリーマー〉だったね。ナヴィの説明を聞かず、挙句そこの2人も説明をしていないとは……どうやってクエストを熟(こな)すつもりだったのか、是非ご教授願いたいものだね」
 やれやれと肩を竦める幼い少女に俺は頭が上がらなかった。自分よりずっと年下の外見に似合わぬ大人びた語調に仕草。中の人は一体何歳なんだろうか……とか、つい考えてしまう。
「その調子ではクエストはまだ開始されていないね。クエストを開始するにはクエスト毎に設定された条件クリアが必須になる。よく覚えておくといいよ」澄ました笑顔で告げるライア。
 俺は早速その台詞をメモしたい想いに駆られ、ポケットに納まったままのメモ帳を取り出して、――筆記用具が無い事に気づき、そのままポケットから出さずに手を引き抜いた。
「クエスト毎に設定された条件、か……。え、それって依頼書には記されていないのか?」
 俺は慌ててアイテム袋から1枚の羊皮紙を取り出し、文面を再び読み直す。
「条件自体は明示されていないだろうね。ヒントぐらいなら或いは隠されているかも、だ」
「……うーん、と……もしかして、ビズギナル王に逢いに行かないといけないとか……?」
 依頼主が“ビズギナル王”となってるんだから、やっぱり依頼主に直接話を聞きに行かないといけない……と言う事なんだろうか?
 皆の意見も訊こうと顔を上げると、3人とも俺の顔を見てコクリと首肯(しゅこう)を見せた。
「多分それで合ってるよ〜♪」「あぁ、恐らくそれだろう」「流石にこの位は気づいて貰えないとね」
 皆の心地良い反応に俺は癒されるように「えへへ」と後頭部を掻いて照れ隠し。やっぱり褒められると悪い気はしないなっ。
「さて、次はそのビズギナル王に逢いに行かねばなるまい」ぴ、と短い人差し指を立てるライア。
「“王”って付く位だから、やっぱり城にでもいるのか?」小首を傾げる俺。
「その調子だアーク君。説明するとだね、ここ“境界塔の都・スライトン”から北へ向かうと“初夢王(はつゆめおう)の都・ファストム”が在るんだが、そこにビズギナル王が住まう王城・【初夢城(はつゆめじょう)】が居を構えている。ビズギナル王に逢うにはそこを目指せば良いだろうね」
 ライアが朗々と説明したのを頭の内側にメモして、俺はウキウキした気持ちを抑えられなくなった。
「うはー、いよいよゲームが始まるって感じだなっ。早くその“ファストム”とか言う街に行こうぜ!」
 意気揚々と駆け出しそうになる俺だったが、不意に裾を掴まれて動きを止められた。振り返るとライアがどこか呆れた表情で俺を見上げていた。
「ん? どうした?」キョトン、と小首を傾げる俺。
「――問うが、君は徒手空拳で戦うつもりかね?」澄まし顔のライア。
 そこで気づいた。そう言えば俺、武器を持っていない。
「そういや武器を持ってないよな俺。武器が……武器が欲しいです、先生!」ライアに向かって拝み倒す俺。
「ふむ、良かろう。先生と呼称してくれた礼だ、透耶君に案内させてやろうではないか」満足そうに頷くライア。
「おい。あたしゃ手前のシモベじゃねえんだぞ。手前が案内してやれよ」眼光鋭くライアを睨み据える逆月。
「細かい事を気にするとハゲるぞ? 透耶君、もっと大らかな気持ちで行こうじゃないか」朗らかな笑みでライア。
「一々うるせぇんだよ手前は……ゴチャゴチャ吐(ぬ)かしてねえでとっとと案内しろ」イライラと逆月。
「君が反駁(はんばく)さえしなければ円滑に話は進んでいたと思うんだがね」ふぅ、と小さく嘆息するライア。「やれやれ、これ位のお使いも出来ないとは……今まで何を学んできたのかね?」
「よほどあたしの刀の錆にされたいらしいな」チキ、と鍔(つば)が浮く音が響く。「それ以上の戯れ言は許容できねえな」
「流石は〈夢喰い〉の姫だね。血気盛んなのは構わないが、相手を間違えたね。最強の魔法使いを相手に勝算が有るとでも思っているのかね?」澄ました笑顔で応じるライア。
「辞世の句はそれで充分か?」「君こそ、未練が有るなら今の内だぞ?」「ちょーっとストーップ!!」
 白熱する2人の女プレイヤーの間に入る俺。2人とも俺に冷えた視線を流し込む。うぅ、怖いよー。
「邪魔するつもりなら手前も纏めて斬るが、――構わねえよな?」鼻で嗤う逆月。怖いです。
「邪魔するも何もケンカするなよ! しかもこんなどうでもいい事で! そんなに俺を案内するのが嫌ならガンバって探し出すから、こんな事で殺し合いすんな!」
 俺の懸命な訴えをどう受け取ったのか、2人とも俺を静かに見つめている。
「……ちッ、――白けた。命拾いしたな、〈口先の傍観者〉」チンッ、と鍔が鞘に落ちる音が響く。
「折角鎮火した火種を大きくするのは止めたまえ〈増悪の戦狂い〉。――今日は新米〈夢落人(ゆめおちうど)〉に免じて退こうじゃないか」穏やかな笑みで俺を見据えるライア。「それにしても、君も中々にチャレンジャーだね」
「へ?」キョトン、と呆けた顔でライアを見据える。
「〈増悪の戦狂い〉と言えば〈夢喰い〉……“DK”として有名な〈ドリーマー〉だと言うのに、よくまぁ抜刀しかけた彼女の前に立てるものだ。ちょっと見直したぞ」
「ゆめくい? でぃーけー?」小首を傾げてオウム返しに尋ねる俺。
「〈夢喰い〉、DKって言うのはー、ネトゲで言う所のPK……プレイヤーキラー、つまり殺人鬼の事だよ〜♪ 〈ドリーマーキラー〉を略して〈夢喰い〉とか“DK”って呼んでるだけだから〜♪」
 チョコバナナを食べ終えて何かまだ物足りなそうに俺を見つめながら説明をしてくれたコロロ。俺はそこで改めて逆月に視線を向けた。彼女は難しそうに顔を歪めて、「何だ?」とつっけんどんに俺を睨み据えてきた。
「……いや、その……もしかして赤いプレイヤーネームって……」
「赤いネームカラーは〈夢喰い〉の事だよ〜♪ あれ? 言ってなかったっけ〜?」口の端に人差し指を添えて小首を傾げるコロロ。
 聞いてないです。
「ちょ、ちょっと待って。俺もしかして犯罪者とパーティ組んでるの?」
「……今更何を言ってるんだお前は?」呆れて嘆息する逆月。「だからこんなパーティに参加する〈ドリーマー〉なんてよほどの輩だと言っただろうが」
 俺は跪き、そのまま四つん這いになって、暫し思考が凍結した。
 あるぇー……俺もしかして死亡フラグ乱立どころか、もう死亡エンドのルートを驀進中(ばくしんちゅう)なんじゃ……
 俺は、気づいてはならない事に、気づいた!
「もうっ、2人とも不親切なんだから〜♪ よしっ、アークくんっ! ボクが武具屋まで案内したげるよっ! 代わりにチョコバナナもう1個ちょーだいっ♪」
 ニコニコと嬉しそうに俺を見て両手を差し出すコロロを視認して俺は爽やかな涙を流した。
 先が思いやられるって次元じゃねーぞ。

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