Episode001:【Chapter02】職業なんて皆勇者でいいじゃない

「仲間を募集すると言ったらやっぱり酒場だよなっ?」
【初夢館(はつゆめかん)】を後にした俺は入り口で待っていたコロロに声を掛けた。街路に並んでいるベンチに腰掛けていたコロロはお尻に付いたホコリを手で払いながら立ち上がり、「そだねー」と人差し指を顎に添える。
「パーティを組んでくれる〈ドリーマー〉を探すんだったら別に酒場じゃなくてもいいんだけどー」
「いや、ここは断然酒場だろう。昔のRPGってそうじゃないかっ?」
「昔のRPGじゃなくても酒場で仲間を募集するゲームは有ると思うケド……アークくんって形から入るタイプなのー?」
 俺の許へ歩み寄りながらぴょこんっと飛び跳ねるコロロ。形から入るタイプ、と言う言葉を脳裏で反芻(はんすう)してから、「そうかも知れないなー」と微苦笑混じりに頷く。
「てな訳で酒場へ案内してくれよ、コロロ」ぽん、とコロロの肩に手を置く
「仕方ないなー。5000ムェンで案内したげてもいいよ〜♪」人差し指と親指で円を作って満面の笑みを浮かべるコロロ。
「俺の貴重な軍資金が無くなるんだが」ステータス画面を見ずとも判る。それは俺の全所持金だ。
「じゃあ今回だけは負けといたげる! 今ならなんと、4999ムェン! すっごい格安!」ぱんぱん、と手を叩いて値下げ交渉と言う名の理不尽をぶち撒けるコロロ。
「1ムェンだけ下げて格安もクソもねーだろ! フザケんな! 案内だけでどんだけぼったくる気だ!! ゲーム始めて早々に破産とか嫌だぞ俺!?」
 あまりの不当な扱いに喚き散らすと、コロロは「仕方ないなー」と唇を尖らせてしょぼくれた。途方に暮れるのは俺以外に有り得ないと思うんだがどうだろう?
「じゃー、今回だけだよー? 【初夢館】までの案内もタダにしたんだから、次回は覚悟しとけようっ?」俺の胸板を人差し指で突くと背を向けて歩き出すコロロ。
「初心者への扱いが過酷過ぎるって運営に通報した方がいいんだろうか……」と、思わず本音を漏らしてしまう俺。
 コロロの後を追って街路を歩き出した俺は、周囲の建物や街路を行き交うプレイヤーの群れを観察していく。木造建築が軒を連ねる“境界塔(きょうかいとう)の街・スライトン”。街に溢れるプレイヤーの頭上にはその者を示すプレイヤーネームが浮かんでいる。如何にも騎士然とした青年や、ロボットのような肉体を有する少女、全身に草花を纏わせた猟人と思しき男など、どんな姿のプレイヤーでもネームカラーは白色が殆どで、稀に黄緑色が見受けられる。
 俺はと言えば頭上に浮かぶプレイヤーネーム“アーク”の色は白で、斜め前を行くコロロは俺と同色。巷に溢れている色と同じだ。
「なぁなぁコロロ。このプレイヤーネームのカラーって、白と黄緑色の違いは何だ?」
 酒場へと向かう道すがら俺は疑問を口にした。予想では白色は初心者か何かを示すカラーで、黄緑色は別の意味を持つ筈だと思っているのだが……
「白色はDR1から30までのネームカラーで〜、DR31から50までが黄緑色なんだよ〜」
 予想に近い返答を聞き、俺は納得したように頷く。DR……つまりレベルが一定数を越えるとネームカラーが変わるのか。そうなるとDR30までは初心者扱いになるんだろうな、と勝手に解釈してみた。
「あー、あれが酒場だよー」
 歩きながら進行方向右を指差すコロロ。視線を向けると、ボトルマークの隣に『宵待ち亭』と記された掛け看板がノレンの上に掛けられていた。まだ明るい時分から“宵待ち亭”は人で賑わいを見せているのが見て取れる。……よくよく考えてみると昼間から酒を浴びてるようなプレイヤーに仲間になって貰うのもどうだろう、と思ってしまう。
 紺色のノレンを潜ると意外と酒臭さを感じなかった。小奇麗な店内はテーブル席が20余りとカウンター席が30ほど。30人近くの客の殆どが酒ではなく、香ばしい匂いが湧き立つ料理をがっついている。外の明るさで時間帯を計るに今は昼食時なのかも知れない。
 様々な料理の匂いが混在しているが、その何(いず)れもが食欲を刺激するもので俺は思わずヨダレを垂らしそうになった。
「そだ! アークくん、折角だからご飯食べてこーよー!」服の袖を引っ張って嬉々として告げるコロロ。
「勿論コロロのオゴりだよな!」ニコッと微笑んで振り返る俺。
「……うぅ、ご飯食べたいケド、今日は諦める……」悄然(ションボリ)と俯(うつむ)くコロロ。フザケんなと言いたくなったが敢えてツッコミは止めておいた。
「ご飯……」ウルウルと瞳を潤ませて上目遣いに見つめてくるコロロ。……コヤツ、完全に俺をカモにしてやがるな……俺の貴重な軍資金を喰らい尽くそうとしてる気がして仕方ない。
「――てかちょっと待て。聞きたいんだが……」ふと気づいた疑念を口にしようとして、「入口でダベるな。邪魔だ」と、背後から入ってきた誰かに腰を蹴り飛ばされたッ。
「あうちっ!」と言える俺は割と余裕が有ったのかも知れない。でも腰の痛みはそんな弱くなかった。思わず床に手を突いてすぐさま振り返ると、そこには美人の女性が佇んでいた。
 セミロングの艶やかな白髪の上に小さなネコ耳が生えた長身痩躯の女プレイヤー。白のノースリーブと同色のパンツから伸びる細長い手足に加え、腰から灰色の尻尾が生えている。腰のベルトに長い鞘を手挟んでいる。頭上に浮かぶプレイヤーネームは“逆月透耶”と記され、ネームカラーは初めて見る真紅。灰色の双眸(そうぼう)はネコのように瞳孔が細長い。
 見目麗しい“逆月透耶”と言う女プレイヤーは険のこもった眼差しで俺を見下ろす。
「店に入ったらとっとと席に着け。出入り口で立ち止まられると邪魔なだけだ。覚えとけ」
 低く唸(うな)るように一方的に宣(のたま)うと、ネコ耳女は興味を失ったように店の奥へと進んで行く。そこで店内の空気が一変した事に気づいた。
「来たぜ、戦狂(いくさぐる)いが……」「え、あいつがあの……?」「係わらない方がいいわよ」などと、ヒソヒソと囁(ささや)きがあちこちで湧き上がる。それだけ有名な事は確かだと感じた俺は腰を摩(さす)りながら立ち上がる。隣には周囲の空気にまったく感化されていない、平然とした面持ちのコロロが立っていた。
「あいつ……赤ネームのプレイヤーって有名な奴なのか?」俺は顎で“逆月透耶”を指し示した。
「うん、すっごく有名だね〜」邪気の無い笑みで応じるコロロ。「名前は“サカヅキ・トウヤ”って言って、過去にすっごく強いギルドにいてね、DRもメチャクチャ高いって噂だよ〜」
 赤いネームカラーを見るにDR51以上なのは確かだろう。初心者しかいないと思っていたが、思わず高レベルプレイヤーを発見してしまった。しかも美人だし。
「よし、あの逆月とか言うプレイヤーを勧誘してみる」俺は地味なシャツを腕捲りして店の奥へと歩き出す。
「ガンバレ〜♪ ボク、影ながら応援してるよ〜♪」
 思わず振り返ると背後で手を振っているコロロを見つけた。……初心者の俺1人にやらせる気か、と文句の一つも言ってやろうかと思ったが、成り行き上今回のクエストのリーダーは俺なんだ。勧誘もリーダーの務めだと割り切り、店の最奥――カウンター席に座る逆月の隣に腰掛けた。逆月は白い液体の入ったコップを口許に運ぶ直前で気づき、一度コップをカウンターに戻す。
「……あたしに何か用か?」険のこもった眼光で俺を見据える逆月。端麗な顔立ちのせいで迫力が有る。お陰でちょっとばかし怯みそうになった。
「えと、もし良かったら、俺と一緒にクエスト行かないかっ?」
 言いつつアイテム袋に仕舞っておいた羊皮紙を差し出す。逆月はキョトン、と驚いたように俺を見つめ、それから羊皮紙に視線を移し、引っ手繰るように羊皮紙を奪い取る。
 暫しの沈黙の後、逆月は羊皮紙をカウンターに置き、俺を睨み据えてきた。
「――身の程を弁えた方がいいな。ホワイトネームがクリアできるクエストじゃないだろ。クエストの解約方法くらい知ってるだろ?」
「うぐッ」何も言い返せず、俺は胸に突き刺さる言葉のトゲに苦悶する。「……そうだよな。やっぱりDR60以上のクエストなんて、DR1のプレイヤーがクリアできる訳無い、か……」
「寄生するつもりなら話は別だがな」逆月は白い液体を口唇に運ぶと鼻で嗤(ワラ)った。
 寄生……強いプレイヤーにコバンザメのように追従し、ロクに戦わずに経験値やレアなドロップアイテムを掠(かす)め取る、ロクでも無いプレイの仕方。俺はそんなプレイしたくないし、強くなるのなら自力で何とかしたい。コツコツと雑魚を倒し続けて強くなるステレオタイプの人間だと自分では思っている。
 俺は羊皮紙をアイテム袋へ仕舞うと席を立った。逆月がそれを視線で追う。
「悪いな。俺もどうかしてたよ。クエストを破棄してくる」
 微苦笑を滲ませ、俺は彼女の許を離れようとして――手首を掴まれた。細い五指の冷たい感触に、ゲームの中だと言う事を忘れて心臓が跳ね上がる。
 だが振り返ってみると、俺の手首を掴んでいるのは逆月ではなく、コロロだった。いつの間に近づいたのか全く気づかなかった。コロロと逆月が視線を交えると、逆月の方が皮肉っぽい表情を滲ませる。
「手前の差し金だったか、〈寄生の死神〉。次のカモはそいつか?」
「カモだなんてヒドいな〜。――ところで透耶ちゃんっ、彼のクエストはね、DR1の〈ドリーマー〉がいると特殊な武具が手に入るって噂があるんだよっ? 知ってた〜?」
 コロロの台詞を聞いた瞬間、逆月の瞳が一瞬煌(きらめ)いたように見えた。逆月は怪訝から興奮へと色合いを移ろわせているように、俺には映った。
「……聞いた事が無いな」
「特殊な刀剣類って噂も有るんだよ〜♪」コロロが朗らかに告げる。
 その瞬間だ。逆月の瞳に強い光が点ったのは。俺の見間違いでなければ逆月は明らかに動揺している。てか興奮している。
 ソワソワと俺とコロロに視線を向け、――そんな自分の状態にやっと気づいたのか、「――ゴホンッ!」と大きく咳払いした。
「――何もクエストを解約する事は無い。あたしが付いてってやってもいい」真剣な表情で俺を見据える逆月。
「…………は?」逆月の変わり様にどう反応したらいいのか判らず思わず生返事をしてしまう。「いや、寄生プレイするつもりは無いんだけど……」
「寄生プレイか否かはお前のガンバり次第だろう? 先輩の戦い方を見て学ぶのも立派な行為だとあたしは思うがな」
「いやまぁそう言われればそうなんだろうけど……あの、逆月さん? さっきと態度が全然違いませんか?」
 思わず敬語で尋ねてしまう程に俺は逆月の態度の急変に対応できなかった。逆月は「ゴホンッ!」と大きく咳払いし、頬に朱を差して俺を睨み据えてきた。
「…………違わない!」怒鳴られた。
 そんなこんなで美人で強そうな仲間が1人増えた。

◇――◇――◇

「コロロの職業はトレジャーハンターなんだろ? 逆月はどんな職業なんだ?」
 酒場の最奥にあるカウンター席に陣取り、俺は左右に座る2人の先輩女プレイヤーを相手に声を掛けた。どんな職業に就くか決めた訳ではないが、やっぱり戦闘職が良いナァと考えている俺は、2人の職業を聞いてから考えようと思ったんだ。
 左隣のコロロはカウンターに置かれたスパゲティを啜(すす)るだけで応じる気が無く、右隣の逆月は呆けた表情で俺を見つめている。
「……【夢世界】には決まった職業なんて無い。皆好き勝手に名乗ってるだけだ」
 告げて、逆月は白い液体を口に運ぶ。さっき聞いたが、白い液体の正体はミルクだった。ネコ耳と言い尻尾と言い、まさにネコらしいプレイヤーだナァ、としみじみ感じた。
「好き勝手に名乗ってるだけ? 職業固有のスキルとかって無いのか?」
「無いな。DRが上がる度に“スキルポイント”を得て、それを使って自分の欲しいスキルを習得したり、習得したスキルの熟練度を上げたりする。……一般的には外見や使用武器を見て“魔法使い”だの“斧使い”だのと呼称しているに過ぎない。だからあたしもそれに倣えば“戦士”や“刀使い”になるんだろうさ」
「なるほどなー。だったら俺は……」
「“ヒヨッコ・ザ・ドリーマー”だな」「“スーパー雑魚”だね!」
「それが職業なら俺マジで泣きそうだよ」
 へにゃ、と思わずカウンターにへたり込む。どっちにしても職業じゃねーだろ。単なる称号だ、それも最低の。
「……えーと、逆月は戦闘職なんだよな? 戦士とか刀使いと言うからには」何とか立ち直る俺。
「戦闘スキルに特化してる、って意味なら確かに戦闘職だな」コクリと頷く逆月。
「コロロはトレジャーハンターって言ってたけど……どんなスキルを持ってんだ?」逆月とは逆サイドのコロロに視線を向ける。
「んにゅ?」スパゲティを大量に口に納めたままコロロが振り向く。そのまま暫し咀嚼(そしゃく)すると、「もぐもぐ……ごくんっ。――モチロン秘密だよ〜♪」ニッコリ笑顔で小首を傾げられた。
「…………いざって時に期待したら――」「ダメだよ〜♪」「――あい分かった」
 俺が神妙に頷いた仕草を見て話は終わったと思ったのだろう、再びスパゲティを食する作業に戻った。因みに料金は俺の無けなしの軍資金で賄(まかな)われている。……スパゲティ1皿で短剣が1つ買えるってどういう事なの……。
「つまり、だ」ぽん、と膝を打つ。「マトモに戦えるのは逆月1人って事だな?」
「そこの花より団子娘はともかくとして、お前も戦わないつもりか? 寄生したくないとかほざいてた奴はどこのどいつだ?」険のこもった視線で俺を射抜く逆月。
「いや、そりゃモチロン戦うつもりだけど……DR1でも戦えるもんなのか? 難易度DR60以上の敵と」
 感覚としてレベル1のプレイヤーがレベル60のモンスターに勝負を挑むようなものだと考えているんだが、仮にそうだとしたら勝負になる以前の問題だと思う。よっぽど装備品や仲間に恵まれない限り勝算など絶無に等しいだろう。
 そんな俺の想像を打ち砕くように、逆月は「戦えるさ」と軽い口調で応じた。
「た、戦えるのか?」思わずオウム返しに尋ねてしまう。
「DRってのは厳密にはレベルじゃない。確かにステータスに差が出るし装備できる武具の性能も違ってくるが、戦略次第でどうにでもなる」ミルクを啜りながら逆月は淡々と告げた。
「え、マジで? うわ、て事はDR1でも活躍できるチャンスが有るって事か!」テンションが上がってきた!
「戦略次第では、な」逆月に鼻で嗤われた。
「よーしっ、何かやる気が出てきたぞーっと! ……そうだな、もう1人くらい仲間が欲しいな。戦闘職は俺と逆月が担当するとして……支援職か回復職が欲しいな……」ニヤニヤしながら妄想を膨らます俺。
「支援職も回復職も要らないんじゃないか?」澄ました顔の逆月。
 俺は思わず逆月に視線を向ける。「え、3人で何とかなりそうなのか? 足手纏いが2人もいるんだが……」
「その方がヤヴァそうな事態に陥りそうじゃないか?」キョトン、と逆月。
「ヤヴァそうな事態に陥ったらダメだろ!?」思わず頓狂(とんきょう)な声が出た。
「ダメじゃないだろ。その方が燃えるじゃないか」
 ほう、と陶酔するように惚ける逆月を見てると、ちょいちょいと肩を突かれた。振り向くとコロロが朗らかな笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「透耶ちゃんはね、ピンチに陥ると俄然(がぜん)やる気が出るタイプなんだよ〜♪ そんなだから進んで危機的状況を作ろうとしちゃって、付いた渾名(あだな)が〈増悪の戦狂い〉! お陰でギルドを追い出されて誰も一緒にクエスト行ってくれなくなったんだよ〜♪」
「うるさいな。てか嬉しそうに言うなよ〈寄生の死神〉」不機嫌そうに唇を尖らせる逆月。「お前こそ誰でも彼でもクエストに就いて行くと言っては常に戦わずに逃げ通し、挙句は仲間を見捨てて逃げ続けて〈寄生の死神〉と呼ばれ、その名を知る〈ドリーマー〉から敬遠されてるくせに」
 一方は朗らかな笑み、一方は苛立ちの混ざる表情で見つめ合う2人の女プレイヤー。互いの視線が衝突する、俺の眼前辺りで火花が散っているような気がする。てか……
「2人ともダメな方で有名なんだな……」微苦笑を滲ませざるを得ない。
「ふふん、凄いでしょっ?」小さな胸を張るコロロ。「光栄に思えよ、新米」鼻で嗤う逆月。
 …………先が思いやられる俺なのだった。

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