Episode001:【Chapter01】チュートリアルはちゃんと聞きましょう

「ここが……夢の世界……か」
 緑光が失せ、視界を彩ったのはプレイヤーの群衆だった。姿に統一性は無く、中世の騎士だったり、海賊だったり、忍者だったり、メイドだったり、侍だったり、魔法使いだったり……各々が好きな格好をして闊歩(かっぽ)している。その中で普段着と言って差し支えない俺の格好は寧ろこの場では浮いているかも知れない。
 広場のような場所なのか、開けた空間に無数のプレイヤーが犇(ひしめ)いている。暫くぼんやりと眺めていたが、ふと群衆には“流れ”が有る事に気づいた。多くのプレイヤーは広場の奥――横長の掲示板の元へ向かい、そこに貼りつけられた羊皮紙を毟り取り、向かって右側にある受付へと差し出し、それを持って広場を後にして行く。
 俺は何の紙が貼られているんだろうかと興味が湧いて、何気無く掲示板へと向かって歩き始めた。
 人が歩く度に生じる風、そして彼らが振り撒く匂い、人間が無数に集まっているからこそ生じる熱気……全てがリアルのそれだ。【夢世界】と現実世界、そこに違いなど無いと思える程に、この世界はリアルに忠実だと俺は全身で実感した。
 掲示板に群がるプレイヤーに突っ込み、掲示板に貼り出された羊皮紙の1枚を手に取った。すると周囲からどよめきが起こった。
「マジかよ……あのクエストを依頼するつもりなのか……!?」「やるなぁ……」「すげぇぜ……」
「え……?」
 周囲の反応が明らかにおかしい事に気づいた俺は、慌てて羊皮紙の中を検(あらた)める。

 クエスト:盗賊団エレヴェンツを追え!
 依頼主:ビズギナル王
 依頼主の声:エレヴェンツなる盗賊団にビズギナル国の秘宝を盗まれてしまった。誰でも良い、秘宝を取り返して来て欲しい。報酬は弾むぞ! 
 クエスト内容:盗賊団エレヴェンツからビズギナル国の秘宝を取り戻そう!
 難易度:DR60〜

「いや、無理だろ」
 ビシッ、と何も無い空間にツッコミを入れる俺。そもそも“難易度:DR60〜”って何ぞ? 
 俺はやれやれと肩を竦めて羊皮紙を掲示板に戻そうとして――腕を掴まれた。
 ギョッとして振り向くと、腕を掴んでいるのは小柄な少女だった。俺の身長が165cmだから、160cm程だろうか。短く切り揃えられた茶髪にゴーグルを載せ、安そうな胸当てにスッキリとしたパンツ姿の、冒険初心者と言う雰囲気を纏っているプレイヤーだ。
 頭の上に浮かんでいるプレイヤーネームを覗くと、“コロロ”と記されている。
「いやー、キミはお目が高い!」
「は?」
 コロロと言う少女プレイヤーは薄い茶色の瞳を輝かせながら、俺の腕を取って自由を奪いつつ何やら語り始めた。
「そのクエストを受注する〈ドリーマー〉を待ってたんだよ!」意気揚々と告げるコロロ。
「いやあの、俺このクエスト……」受けるつもり無いんだけど……と言いたい俺。
「さっ、早速クエストを受注しようじゃないか! そして一緒にパーティメンバーを探そう! 楽しみだなーっ、うんうんっ♪」
 全く人の話を聞かない娘に連れられ、俺は流されるがままに受付へ連れて行かれると、いつの間にかクエストリーダーとやらになっていた。
「これでキミはパーティのリーダーだよっ! 宜しくねっ、アークくんっ♪」
「……なぁ、ちょっといいか。コロロさんとやら」俺は疲れた表情を隠すように右手で顔を覆う。
「何だいっ? あっ、自己紹介が遅れたね! ボクはコロロ! トレジャーハンターを生業にしてるんだっ♪」
 朗らかな笑顔で告げる快活な娘に、俺はどう応じようか悩んだけれど結局正直に言う事にした。
「……俺はアーク。今初めて【夢世界】にログインした、スーパー初心者なんだ」
「うん、知ってるよ〜♪」
「だからこのクエストは受け……何?」
 俺は言葉に詰まってコロロを見つめると、彼女は朗らかな笑みで先を続けた。
「ほらっ、人が多かったら逃げ易いじゃない♪」きゃるんっ☆と舌を出して笑むコロロ。
「戦う気無し!? ちょ、初心者狩りって奴かこれ?」俺は恐る恐るコロロから距離を取る。
「そんな悪い事ボクしないよっ!」憤然とコロロ。「でも、何でか一緒にクエストに行った〈ドリーマー〉は割かし生存率低いかナー」
「クエストの取り消し方法を教えてください」角度45度のお辞儀をする俺。
「んもーっ、大丈夫だよ! ボクがいるからには絶対にボクだけは助かるから!」
「助けるつもりも無いのか!? うわぁどうしよう、思ってた以上に初心者に易しくない仕様なんだな」
 げんなりとしつつも、初心者にも拘らず声を掛けてもらったのだ、出逢いは大切にしたいと考えた俺は握手を求めるように右手を差し出した。
「んじゃま、改めて宜しく、コロロ」
「うん、宜しく〜♪」
 こうして【夢世界】を始めて間も無く知り合いが出来た。嬉しかったが……性格に難が有るとしか思えない。

◇――◇――◇

「てかさ、俺、本当に初心者なんだけど。ナヴィの説明をかっ飛ばして来たから……」
 コロロに教えて貰ったのだが、俺ことアークがいる場所は“ビズギナル国”の領土にある街の1つで、“境界塔(きょうかいとう)の都・スライトン”。“境界塔”と言うのは、広場に聳(そび)え立つ巨大な塔の事を指すそうで、塔の最上階こそが【夢世界】開始時に降り立った場所――つまりナヴィがいた場所なのでは、と聞かされた。
“スライトン”は通称“初心者の街”とも呼ばれ、〈ドリーマー〉が【夢世界】に慣れるためのクエストや施設が点在していると聞かされた。【初夢館(はつゆめかん)】と呼ばれる館ではナヴィに教えて貰う予定だったチュートリアルを再び聞く事が出来るらしいし、【鍛練場】と呼ばれる広場では毎日武術の稽古が出来るらしい。すべてコロロの話を聞いただけなので実際に足を運んでみない事には判らないんだが。
 俺の隣を、露店で買ったフランクフルトを齧(かじ)りながら歩いていたコロロは、一度口を離して笑みを刷(は)いた。
「もうあれだよねっ、説明はいいから早くゲームさせろって感じだったんでしょっ?」
「そうそう、何かもう気が逸(はや)っちゃってさ。このリアルな感じ、ゲームじゃないみたいだからな!」
 擬音が出ているとしたら“ウキウキ”ってな具合に俺は昂揚感を抑え切れなかった。時代の移ろいと共にゲーム業界も日進月歩で進化を続けているのだ。リアルを追求し続けた結果が【夢世界】ならば、その成果は十二分に出ていると言える。進歩どころか超越と言った方がしっくり来る位だ。
 俺のキラキラした瞳を見てコロロはキョトンとした顔をする。コロロの反応で、自分が恥ずかしい事を言ってしまったのかと思ってポリポリと頬を掻き始める。
「……俺、何か変な事言ったか?」
「――ううんっ、本当にナヴィちゃんの説明かっ飛ばしてきちゃったんだなーって思っただけ〜♪」ニコニコと笑いかける少女はそこでフランクフルトをタクトのように振ると、「そうだね、まずは【初夢館】に寄ってみよ〜?」
「え、やっぱりチュートリアルは聞かないとダメなのか?」う、と思わずたじろいでしまう。
「う〜んとね、」コロロはフランクフルトを齧りながら空いている左手の指で円を描く。「〈夢落ち〉して間も無い〈ドリーマー〉が【初夢館】に行くとお小遣いが貰えるんだよ〜♪ お小遣いが無いと武器も防具も買えないし〜」
 俺は改めて自分の装備を見下ろしてみた。地味な色合いのシャツとズボンを纏っている事を再確認した俺は、確かに武器らしい武器を装備していない事に気づいた。加えて言えばこの地味な服に防御力など期待できそうに無い事も。
「お小遣いって、幾らぐらい貰えるんだ?」俺は視線を自分の体から、フランクフルトを咀嚼(そしゃく)しているコロロへと向けた。
「うん〜? もぐもぐ……コクリ」フランクフルトを嚥下(えんげ)するコロロ。「――5000ムェンだよ〜。あ、“ムェン”ってのは【夢世界】の通貨の事ね。5000ムェン有ったら武具一式くらいは買えると思うよ〜♪」
「5000ムェンか……。1番やっすい武具って幾らなんだ?」好奇心に衝き動かされるままに尋ねてみた。
「初心者用の短剣が確か350ムェンだったよーなー。防具なら初心者用の軽鎧が500ムェンだったよー」フランクフルトの残骸をクルクル回しながらコロロ。
「2つを揃えても1000ムェンでお釣りが来るのか」意外と安いんだなー、と頷く俺。
「そうそう〜♪ ――あ、ここだよここ! 【初夢館】!」
 不意に立ち止まり俺の頭上を指差して喚きだすコロロ。思わず視線を指差す先へ転ずると木造の建築物が視界に入った。
“スライトン”の街は全体的に鄙(ひな)びた雰囲気を纏っている。建造物は殆ど木造で、老朽化が進んで久しいと言った、今にも崩れ落ちそうな家々が軒を連ねている。路面は舗装こそされているものの、あちこちに亀裂が走っていたり陥没していたりする箇所が多く見られる。街を行き交う人々の奇抜且つ多彩な服装とはミスマッチしているように感じられる街だった。
【初夢館】と看板を下げている施設も街の景観を崩さないためか、古びた小学校とでも言うべき外観で佇んでいた。傍目に見ても客の利用が多く、絶え間無くプレイヤーが出たり入ったりを繰り返している。
「……どの家にも言える事だけど、今にも崩れそうな建物だな」思わず本音が零れ落ちた。
「スライトンの住人は一度建てた家には倒壊するまで住み続けるらしいからね〜。誰かがぶっ壊したら新しくなるかも!」嬉々として説明するコロロ。
「いや、流石にぶっ壊すのはマズいだろ……」
 などとツッコミを入れつつ、俺は入口へと足を向けた。古びた外観に似合う、曇りガラスに錆びついた蝶番(ちょうつがい)が施された大きな門扉を潜る。中は割と小奇麗な作りで外観ほど古臭さは感じない。整然とした部屋には、手前と奥を隔てるカウンターと多くのプレイヤーの姿が見受けられた。カウンターの奥にいる受付嬢はNPCで無ければ【ドリームカンパニー】の社員、もしくはゲームマスターだろうか?
「あのカウンターで住人登録の申請をすればお小遣いが貰えるんだよ〜♪」
 隣に立つコロロがカウンターを指差して口を開いた。俺は聞き慣れない単語を耳にし、思わずコロロに振り返る。「住人登録の申請?」
「住人登録してないとその土地ではクエストを受けられないんだよ〜。もうアークくんはクエストを受けちゃってるから、クエストを熟(こな)す前に申請しとかないと、報酬が受けられなかったりするんだよ〜♪」
「うわ、じゃ急いで登録してくるっ」
 小走りでカウンターへ歩み寄り、受付嬢の1人に向かって挙手すると声を掛けた。
「あのー、住人登録の申請に来たんですけどー」
 黄緑の帽子に同色のメイド服を纏った受付嬢は驚いたように瞠目すると、「おぉ! ようこそ【夢世界】へ! えーと、住人登録の申請書はこちらになります」カウンターの下から1枚の書類を取り出し、カウンターに敷いた。
 申請書と言っても俺が書く欄は殆ど無かった。名前とDR、所属ギルドの欄だけ。また出てきたけど……DRって何ぞ?
「……えーと、この“DR”ってのは何を書けばいいんだ?」
 頭をガシガシ掻きながら受付嬢に申請書を見せる。受付嬢は「あれ?」と小首を傾げた後、「――あぁ、ナヴィさんの説明をカットしてきたんですね!」納得したように手を打つ。
「“DR”とは“ドリーマーランク”の事です。“ドリーマーランク”とは名の通り〈ドリーマー〉を格付けするランクの事なんです。強い武器を装備するにも、高難度のクエストを受けるにも、遠方の地へ赴くにも、DRが不足していれば不可能になる訳です」
 要するに“レベル”の代わり、か。強くなるためにはDRとやらを上げなければならないのか。
 ……って、ちょっと待て。
 俺はさっき貰った羊皮紙をもう一度読み直してみた。
「……難易度、DR60以上……?」
 さっき受注したクエスト『盗賊団エレヴェンツを追え』の難易度はDR60〜になってるんだが。
「うわ、アークさん、すっごいクエストを受注しちゃったんですね!」
 身を乗り出して羊皮紙を覗き込んでいた受付嬢が驚いたように声を上げる。眼前にその顔が有って俺は思わず倒れそうになった。
「うわっと!」何とかバランスを取り、後退するだけで転ばなかった。
 受付嬢は住人登録申請書を手に、「そうですね〜、ではDRを確認する方法を教えちゃいます! 簡単な話、ステータス画面を開けば確認できるのですよ〜。アークさんが、“ステータス画面を開きたいっ!”って念じながら、『ステータス』って唱えると眼前にステータスウィンドウが出現しますよ! 是非試してみてください♪」と矢継ぎ早に説明を始めた。
 一瞬どうしたらいいのか解らずに思考が凍結しかけたけれど、すぐに「流石ゲームの世界」と苦笑が浮かんできた。それから受付嬢に言われた通りのアクションを起こしてみる。
「ステータス」と短く告げると、ポンッ、と小気味良いポップ音と共に眼前に薄い水色の透明な板が浮かび上がった。“ウィンドウ”と呼ばれる様々な情報が掲載された電子の板だ。A3用紙ほどの大きさの電子版の上部に『ステータス』と記され、左側には人間の全体像の縮図、右側には『装備品』、『スキル』、『所持金』、『アイテム』などと言ったリストが並んでいる。その中から『DR』と呼ばれる項目を見つけ、俺は浮かんでいるそれを人差し指で押してみた。
 ポン、と軽やかな音を奏でるウィンドウ。同時に画面が切り替わり、『現在のDR:1』『ランクアップに必要なリスト』と言う項目が出現した。やっぱり始めはDR1から始まるんだな……とちょっと途方に暮れてみたりする。
 俺はカウンターへ戻り、申請書のDRの欄に“1”と素早く書き記した。
「ギルドには所属してないんですよねっ?」申請書を受け取った受付嬢が朗らかな笑みと共に尋ねる。
「うん、今始めたばっかりだから」俺も応じるように、にへら、と笑みを返す。
「では申請書を確(しか)と承りました♪ これから“ビズギナル国”では自由にクエストを受ける事が出来ますので〜♪ ……って、もう受けてるんでしたねっ」
 微苦笑を滲ませて頬を掻き掻きする受付嬢。俺も微苦笑を浮かべざるを得ない。――と、そこで受付嬢は思い出したように手を打ち、再びカウンターの下部から何かを取り出した。小さな麻袋のようなそれを俺に手渡す。
「これは?」小さな麻袋を両手で受け取りつつ受付嬢の顔を見る。
「それは、その名も“アイテム袋”! アイテムなら最高で30個まで自由に入れる事が出来る、魔法の袋です♪ 因みにお財布にもなるので、失くしちゃダメですよっ?」
 俺は“アイテム袋”なる麻袋の紐を解いて中を覗き込む。中は真っ暗で底が見えなかった。【初夢館】が薄暗い訳ではない。むしろ煌々とした灯りで眼がチカチカする位だ。にも拘らずアイテム袋はどの角度から見ても底が見えなかった。逆さまにしても何も出てこない。
「空っぽか……」悄然(ションボリ)と肩を落とす俺。
「空っぽじゃありませんよっ!? 中には5000ムェン入ってます! 初めて道具袋を手にする方には【初夢館】の館長から餞別(せんべつ)として5000ムェンを渡す決まりになってるんですから!」慌てて説明を始める受付嬢。
「でも……」俺はアイテム袋を逆さまにして振る仕草をする。
「そんな事をしても出てきませんよ! 中に手を入れて、出したいモノを念じると取り出せる仕組みなんですぅっ!」
 プリプリ怒り始める受付嬢を見て俺は思わず噴き出しそうになったが、堪えてアイテム袋へ手を突っ込んでみる。アイテム袋の大きさはどう見積もってもレジ袋ほどしかないのに何故かどれだけ手を突っ込んでも底に辿り着かない。肩まで手を突っ込んでから流石にこれはおかしいだろと手を引っこ抜く。
「異空間……?」アイテム袋に怪訝な眼差しを注ぐ俺。
「魔法の袋なのです♪」ニッコリと営業スマイルの受付嬢。
 今度は「30ムェン」と念じながらアイテム袋に手を突っ込むと、まるで掌に吸いつくようにして小さく硬質な物体の感触が伝わってくる。それを握り締めるように手を引き抜くと確かに拳の中には小さな銅貨が3枚納まっていた。
「なるほど。面白いなこれ」ニヤニヤ笑いが浮かびつつも3枚の硬貨をアイテム袋に戻す。それからアイテム袋を逆さまにして振ってもやはり1枚の硬貨も出てくる事は無かった。
「これ、有り難く貰っとくよ。また用事があったら寄らせて貰うな」
 俺は手を挙げて受付嬢に背を向ける。もうここには用は無いだろうと思って足を進めると、背後から受付嬢の声が聞こえてきた。
「良い夢を〜♪ ――あ、クエストは破棄する事も出来ますからねーっ!」
 思わずその方法を聞きに戻ろうかとも思ったけれど、折角コロロと言うプレイヤーと知り合ったのだから、失敗でもいいからクエストに挑戦してみようと考え直した俺は、右手を挙げてヒラヒラと振るに留めた。

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