3.大連続プレゼント
次なるターゲットは城主たる姫だった。
「今度はエルとか……完全に狙ってるわね……」はぁ、と溜息を零すベル。
「おや、また知り合いかい?」驚いたようにサンタ。
「うん、そうみたい……まぁ、あの子にはとびっきりのプレゼントをあげたいわねっ!」
そう言って辿り着いたのはパルトー王国の宮殿の屋上。トナカイが音も無く着地すると、ベルはぴょんっとそりから飛び降り、白い大きな袋を担いで宮殿内に侵入を果たす。更に素早く警備の目を掻い潜ってルカ姫の閨(ねや)へと辿り着くベル。
「……あの、手慣れ過ぎてません? もう何か侵入のプロって呼ばれてもおかしくないレヴェルじゃありません?」遂には敬語を使い始めるサンタ。
「そんな事無いって! あたしクラスのどろぼ……サンタなんてたくさんいるわよ!」
「泥棒とサンタを一緒くたにしようとしませんでした今!?」絶叫を奏でるサンタ。
ともあれ閨に侵入を果たしたベルは、そそくさとエルの眠る寝台へと駆け寄った。
すぅすぅと寝顔を晒すエルはやっぱり美少女にしか見えない。世の男達を欺き騙し続けた弟の素顔はやはり完璧だった。
「えーと、メモと靴下だったわねっと……」キョロキョロと周囲を見回した瞬間、ベルは言葉を失った。寝台に下げられた靴下の大きさは優にベルの身長を超えていた。
「何を入れる気なの……!?」愕然としつつもメモを発見したベルは、それを覗き込んだ。
“真の女になるための装置が欲しいです。――エル”
「無理だわ……」即答するベル。
「おや? 叶えるのが困難な夢なのかい?」不思議そうにサンタ。
「そうね……ちょっとふぁんたすてぃっくな力が無い限り無理ね……」ふぅ、と吐息を漏らすベル。
「そうか……そんな時は仕方ない、何か代用のモノを入れておくといい」
ベルはその場で暫し沈思したが、やがて名案が思い浮かんだのか大きな白い袋を漁りだした。
出てきたのはパルトー王国騎士団団長の壮年の男だった。頭にナイトキャップを被って眠りこけているその姿からは以前見た時のような壮健さはまるで見られない。まるでやんちゃな少年のように可愛い寝顔だった。
それを苦労して巨大な靴下の中に放り込み、――ミッションコンプリート。
「さ、次に行くわよ次に!」ダッシュでその場を後にするベル。
「え、結局プレゼントはどうしたんだい? 何か寝息が二種類聞こえた気がするんだが……」
ガン無視でトナカイに乗り込むベルだった。
◇――◇――◇
「あれ、この場所って……」
トナカイが夜空を切り裂いて進む中、ベルは下界に映る景色が見覚えの有るモノだと不意に気づいた。屋根が吹き飛び、部屋中に雪がこんもりと積もっている小屋――じゃなくて家が見受けられる。
「残りのターゲットはキミを合わせて三人だけになったんだよ! それも驚いた事に、両隣の人間がターゲットだなんて、キミは巡り合わせがいいね!」
ベルの部屋で少し動けるようになったサンタが出迎えてくれた。ベルは雪がこんもり積もった自室に舞い降りると、雪景色一色になった部屋を一望して、――溜息。
「あたしの家が……」ガックリと肩を落とすベル。
「まままぁそんな事よりサクッと二人にプレゼントを渡して屋根を直して差し上げようじゃないか! もうじき夜も明ける。サンタは朝には帰らないといけないのだ」へへっと鼻の下を擦るサンタ。
「朝帰りが常って、あんた家族泣かせね」ジト目でサンタを見やるベル。
「そういう任だから仕方ないの!! 家族もみんな分かってくれてるさ! 最近ワシの寝台が破壊されてたり、ご飯が無かったり、マイドッグに噛み付かれたりしてるけど、みんな判ってくれてる証拠さ!!」キリッとグッドサインを送るサンタ。
「……ごめん、何て声掛けていいか判んない……」スッと視線を逸らすベル。
「……それでいいんじゃよ、ベルちゃん……」ホロリと涙を零すサンタ。「まぁそんな裏事情はさておき、ファイナルミッションじゃよ! 無事に二人にプレゼントを届けてきておくれ、ベル同志!」
「うん、判ったわ! 任せてっ!」どんっと胸を張って走り出すベル。
向かったのはザレアの家だった。白い大きな袋から取り出したのは、光束の剣。それを使って扉の外枠からさっくり切り落とし、扉を丸ごと切り落とした。
「…………」それを白目で眺めているサンタ。
「………………よしっ、警報は鳴らなかったわね。侵入成功よ!」小声でガッツポーズを取るベル。
扉が有った場所からビュービュー寒風が吹きつけるザレア宅に侵入し、素早く寝台横に添えられた靴下とメモを発見するベル。メモに素早く目を走らせ――
“ヒロユキに逢いたいのにゃ! ――ザレア”
「誰……?」小首を傾げるベルなのだった。
「おーい、ベルちゃーん! 早くしないとザレアちゃんが起きちゃうぞー!」ビュービュー吹きつける寒風に乗ってサンタの小声が聞こえてくる。
「取り敢えずヒロユキって何かしら……ヒロ……ユキ……。――!! 謎が解けたわ!!」ぴーんっと頭の中の糸が切れるベル。
袋の中から取り出したのはもえないゴミだった。それを黙々と靴下に詰め込み、大満足の笑顔でサンタを振り返りグッドサインを見せた。
「…………」それを白目で眺めているサンタ。
ベルはビュービュー寒風吹きつけるザレア宅を出ると、最後の関門――フォアン宅を見やる。背後で「にゃくちっ、……何だか寒いにゃぶるるっ」と言う寝言が聞こえたがガンスルーした。
「もう夢見る子供達をマトモに見られない……うっ、うっ……」涙ながらに頽(くずお)れているサンタ。
「取り敢えずフォアンはマトモな警戒心が無いと思うから普通に侵入すればいいわね」無視してフォアン宅の扉を開け放つベル。
深――と静まり返るフォアンの家に、ベルはふと、己のしている事が夜這いに近しい事なのではと気づき、顔が火照っていくのを感じた。――否、これはミッションだ。ここまでパーフェクトに熟してきた己がここで立ち止まる事など有り得ない。それが最愛の男であれ、失態は許されないのだ……ッ!!
素早く扉を閉め、素早くフォアンの寝台に駆け寄る。寝台の傍にはやはり靴下とメモが鎮座していた。ドキドキしながらメモを読むと――
“ベルが欲しい。――フォアン”
「…………」顔を赤くしたままそれ以上動けなくなるベル。
併し彼女の体はまだ十全に動けた。怪我を負った訳ではない、ただあまりの破壊力抜群の文字の羅列に怯んだだけなのだ。まだ戦える。まだこのミッションを完遂するだけの力は残っている。最後まで走り抜けるだけの余力はまだある。
だから、ベルは、
「…………あったかい」
モソモソとフォアンの寝台に潜り込むのだった。
◇――◇――◇
「……帰ってこないな……」
フォアン宅の前で待つ事一時間。ベルが出て来る気配は未だに無く、サンタはじれったくなりフォアン宅の扉を開け――そして閉じた。幸せそうな二人の寝顔を見た瞬間、彼が持つ“夢見る子供達の名簿”の全てに“完了”の印が付けられた。
「さて、帰ろうかトナカイ。じきに夜が明け、世界中の夢見る子供達が幸せな朝を迎える筈だ」
そうしてサンタはそりに跨り、天高く昇っていくのだった。
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風雅の戯賊領P